不眠症の眠れない夜

元アル中、初老の繰り言、戯れ言か、と。

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鼠の目#447(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

168.jpg

山下とのやり取りを聞いていた指令センターの一人が、弾かれたように立ち上がった。

手に要点を書きとめたペーパーを持ち、走って出て行った。

上部機関への報告と判断を仰ぐためだろう。

「山下。今、連絡に走らせた。直ちに対応する。すまないがもう少し詳細に説明してくれ。可能か?」

「ああ。今のところ安全だと思う」

山下は冷静に事実のみを語っていった。

ただ広場中心の建物が今どうなのか、それが視認できないのが辛かった。







射撃音が響く中、長田は逆に広場の方向へ下りていった。

身体中のアドレナリンが一気に賦活されている。

心臓はポンプ能力を最大にあげ、血液を循環させていた。

へへっ、へへっ、と呆けたような笑い声をたてている。

病的な性格破綻者の笑いだった。

警官が一人見えた。

立ち木を遮蔽に広場側を覗き込んでいる。

後方にはまったく顧慮を払っていない。

長田は姿勢を下げ、立ち木の根元に小さくなった。

(バカじゃねぇか、あいつ。さも殺してください、といわんばかりだぜ)

手にしたカラシニコフが長田の肥大しきった自己顕示欲をさらに加速した。

ここまでに長田はすでに三人の生命を奪っている。

三人以上なら、何人でも同じだ、という思いが長田にはあった。

それに警官とはともに天を戴かぬものだ、という刷り込みもある。

警官とは出自を嘲笑する薄汚い貪吏でしかない、そう長田は信じている。

(目を合わすたびに、やつらはオレのことを朝鮮人、とバカにした。オマエは部落か、と舐めた口をききやがった。警官は許せねぇ。警官一人を殺せば、一人分だけ世間の風通しがよくなる)

長田はライフルのセイフティをリリースし、警官の後頭部に照準を当てた。



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鼠の目#446(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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粘土質の斜面は滑りやすく、また雑木の中のやぶこぎは骨が折れた。

やたらと喉が渇く。

定年前のくたびれた身体には斜面がこたえる。

それでも山下の矜持が身体を持ち上げていく。

時間にしたら10分程度なものだろう。

しかし状況がもたらす切迫感が、時間の感覚を狂わせていた。

稜線への最後の登りを石くれに足をかけて上がった。

周りをざっと見渡して携帯を開いた。

電波状態はOKだ。

山下の耳にはまだ鋭い発砲音が届いている。

もどかしさにイラつきながら、携帯のボタンを押す。

呼び出し音がなるかならぬかのうちに、相手が出た。

「山下だ。トップアージェントだ」

「どうなっている?連絡がとれん」

「波動はライフルで武装している。四方から銃弾が飛び交っているんだ。至急、応援を請う」

「ライフルだと?」

「そうだ。これは現実だ。至急だ。大至急だ。応援を寄越せ。重武装してだ。ヘリも車両も根こそぎ動員しろ」

「指揮系統はどうなっている」

「皆目わからん。ガサを始めたらいきなりだ。チリジリになっている。短銃じゃ対応不能だ」

山下はなるべく冷静になるよう、つとめてゆっくり話した。

「けが人はいるのか?」

「いる。死亡もあるようだ。いいか。その前にさっさとこの情報を上部に報告しろ。それと重武装部隊の出動指令を出せ。自衛隊の治安出動も視野にいれるんだ。これは訓練じゃない。戦争がおっぱじまっているんだ」



鼠の目#445(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

圏外

バリバリバリと建物にむかって射撃が続く。

中はどうなっているのだろう。

山下は同僚のことを案じた。

中に一体、何人が逃げ込んだかわからない。

なんとかしなければ…。

山下は携帯電話を取り出した。

ディスプレイを見ると、空しく圏外のアイコンが表示されている。

ちょうど山影、電波が届かないのだ。

ただハンディトーキーを持参した誰かが、連絡をとっていることを期待するしかない。

それでも、と山下は思った。

重複してもいい、必ず本部に一刻も早く連絡を入れることだ。

少し斜面を上がれば稜線に出る。

稜線からだと携帯が繋がるかもしれない。

本部とて連絡が途絶えれば動き出す。

動き出すが推測に基づいて動き始めるしかない。

まさか波動がライフルで重武装しているとは、顧慮されていない。

この事態に対応するには銃による治安、すなわち警察ライフル部隊を根こそぎ動員するしかなかろう。

とてもじゃないが短銃でライフルには立ち向かえない。

建物内部に入り込んだ同僚たちは、座して死を待つしかないじゃないか…。

山下の焦りは今、無事で潜んでいる警察全員の焦りでもあった。

短銃を手に息を潜め、とにかく波動の火力が一段落するまで待つしかない。

彼らそれぞれに窮地を脱する手段を捻り出そうとしていた。

山下は意を決した。

稜線に上がる。

その方向に波動のライフルがあるかもしれない。

しかし誰かがやらねばならない仕事だ。

それは警官の矜持だ。

たしかに定年前のオイボレだが、少なくとも矜持を忘れた警官は警官じゃない。

職務倫理だ。

山下は、つま先に力を込め、斜面を登り始めた。



鼠の目#444(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

ホルスター

山下は腋に吊るしたホルスターから拳銃を取り出した。

警察学校で訓練を受けていたが、実際に取り出すのは、彼の長い警察人生でも初めてだった。

駆け出しの交番勤務の頃や、ヤクザの抗争のときなど手にしたことはあった。

しかしこれほど切迫した場面では初めてだった。

間違いなく引き金を落とす場面がある、と直感した。

そしてその直感は、山下の手を震わせた。

下草の生い茂る斜面にへばりつくように山下は姿勢を低くしている。

立ち木を遮蔽に広場を見渡した。

倒れた警官が二人いる。

ひとりは立ち上がろうともがいているが、もう一人はまったく動かない。

すでにこと切れているのだろう。

山下はゴクリと唾を飲んだ。

僅かに静寂があり、遠くから鳥の鳴き声が聞こえた。

一見、平和な風景そのものだ。

そのときバリバリバリとライフルの一斉射撃が始まった。

目標は中央建物。

ビシッビシッと杉板を銃弾が貫通し、杉板はめくれ、さらに破片が飛び散る。

反対方向から射てっ!と大声が響いた。

山下は硝煙の匂いが立ちこめる方向に一発打った。

あちこち散開した警察の短銃の応射音がいくつか響いた。

その応射は波動の戦意に油をそそぐ結果となった。

なにしろ銃弾数が違いすぎる。

ライフルで警察は武装していないのだ。

短銃一発を打ち込んだところで、波動はライフル銃弾を数十倍にして返してくる。

山下は無駄な射撃をやめ、ひたすら耐え凌ぐことを決意した。



鼠の目#443(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

内戦

一発目の銃声で山下の前を歩いていた若い刑事が倒れた。

膝を折るとそのまま前のめりに倒れていった。

山下は最初、なにが起こったのか理解できなかった。

しかし、間をおかず次の発射音が聞こえたとき、状況が理解できた。

(銃口に囲まれている!)

あちこちから怒声が沸きあがった。

伏せろ!

陰に隠れろ!

てんでに山下らは遮蔽物を探して散った。

発射音は続いている。

また一人に命中したようだった。

もんどりうって転倒したが、腕をだらりと下げたまま、その警察官は立ち上がった。

腕をやられたのか。

発砲しろっ!

指揮官の大声が聞こえた。

味方に誤射するなっ!の大声も続いた。

指揮官も遮蔽物を探そうと焦っている。

山下も適当な物陰を探した。

おのずとキャンプ中央の建物が遮蔽の核になる。

川崎姉妹が起居していた構造物だ。

杉板で拵えられた程度だから、完全な防御とはなりえない。

しかし物陰に潜むという行為は、危険が差し迫った場合の人間の本能だ。

キャンプを囲む雑木林に入ったものもいた。

山下も同じく、雑木林に飛び込んだ。

冷静な判断でそうしたわけではない。

ただ山下の直感がキャンプ中央の建物は危険だ、と命じたのだ。

雑木林の中に、波動の兵士がいるかもしれない。

無論、中央広場をはさんだ対面にもいるだろう。下手に動けば格好の目標になる。

しかし、視線を遮る立ち木の方が、どこからも視認できる中央建物より安全かもしれない。



鼠の目#442(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

PFLP

オレと由美子はさらに姿勢を低くし、ほとんど這うような格好で先行の二人のところへ寄っていた。

片膝をついてマリーが示す方向を見た。

若者が一人、立ち木に沿うような格好で下方を眺めている。

肩にはライフルがかけてある。

若者の視線の先には波動キャンプがあるはずだ。

さきほどの光景を想起すれば、警察のガサが始まっている頃だろう。

わずかにそれらしい声も聞こえる。

そう遠くはないことが、このことでもわかる。

マリーが少し離れようと合図した。

音を立てぬよう、そろりと離れようとした。

そのときだ。

ピシッ、という乾いた破裂音がした。

ライフルの発射音であることが理解できた。

どこかで意識的な発射されたのだ。

オレたち四人に緊張が走る。

急速に喉が渇いてく。

目前の若者が姿勢を低くし、じりじりと下がっていく。

波動キャンプが見渡せる位置に変わろうとしているようだ。

続いてピシッ、ピシッ、ピシッと連続して発射音が響いた。

各方向から応射が始まった。

怒号のような声がキャンプ方向から聞こえる。

おおかた警察が大混乱しているのだ。

まさかこんなことが、と警察はパニック状態だろう。悲

鳴とも怒号ともつかない、原始な叫びがいくつも上がる。

その叫びの中、マリーがキャンプ方向を指差した。

散開してキャンプ方向へ歩を進めようというのだ。



鼠の目#441(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

スーパーマン

「オイ、見てみろ。入ったな、警察が」

オレの声は少し上ずったかもしれん。

ちょうど稜線がやや下るところにいたために、木が遮蔽となってこちらの姿は視認されていないはずだ。

かりに視認されていれば、それなりの動きがあるはずだ。

さきほど波動のメンバーが散り散りになった。

いよいよ、結末が近づいている。

「ああ、見えた。始まるな」

ケンスケの無機質な答えがあった。

「なるべく遮蔽を選んで進め。単独行動は絶対に不可だ。先頭はオレとケンスケで行く。経験者同士だから心強い。アンタと和田さんがバディを組め。オレたちの後ろ、視認できるできるだけ後ろをついてこい」

マリー、丸田陸曹のキビキビした命令口調が力を与える。

戦闘のプロとはこういうものなのだろう。

オカマ姿は想像できない。

マリーとケンスケが、姿勢を低くして進み始めた。

たしかに二人ともこのことを予想してか、アースカラーの着衣でまとめている。

オレと和田由美子も同様の姿勢で後に続く。

なるべく離れようとするが、どうしても近づきがちだ。

やはりどこかに恐怖があるのだろう。

なにしろ波動は武装しているのだ。

逆にこちらはなにもない。

まったくの丸腰だ。

せめてなにかを探すとすればケンスケのナイフしかない。

それとて周りを囲まれてフルオートで引き金を落とされりゃ、手のうちようがない。

そんなことを考えると、どうしても怯える。

それは仕方がない。

スーパーマンのように都合よくはいかんよ。

待て、とマリーが手で制した。

こちらを向いて声がたたないように口を開いた。

ゆっくりと、一語一語区切るように、大きく口を開けた。

その口を追うと、いる、という言葉が理解できた。



鼠の目#440(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

マガジン

ライフルを手にした若者が一斉に散ってく様子が、長田に見えた。

なるほど、散開するのか、と直感できた。

ふむ、確かに散開してしまえば、警察どもは一網打尽、狙いを定めてドン、で済む。

まんざら波動もバカじゃないみたいだな。

その刹那、ある考えが閃いた。

それは人に暴力を加えることに喜びを覚える偏執狂的錯乱者の長田らしい一閃だった。

そうだ、ドサクサに紛れて警官狩りに参加してやろう…。

長田は脇のライフルを引き寄せた。

弾装マガジンもたっぷりある。

そもそもこのライフルだって、気まずい国から気まずい方法で手に入れたものだろう。

線状痕から実行者を割り出すこともできない。

なにしろ目の子算で30数丁がとこあったはずだ。

それらから煙雨のごとく銃弾が発射される。

それに乗ろうってんだ。

考えてもみやがれ、ガキの頃から、どれだけサツカンから虐められたか。

どいつもこいつもオレのことを舐めやがって、部落と朝鮮人のアイノコと散々バカにしやがった。

駅前交番のクソサツカンだったぜ。

おし、行きがけの駄賃だ。

サツカンの一人や二人、殺したってどうってことないぜ。

どうせ波動のやらかしたこと、で済むんだからな。

長田は自分の考えに酔った。

ただ、駅前交番の警察官の名誉のために付け加えておこう。

交番の警察官は長田のためをこそ思い、声をかけた。

環境、風俗とも劣悪な環境のなかで、少しでも前向きに生きることを諭したのだった。

そのことを長田は理解しえない。

むしろ反感しか感じていなかった。

そもそもの原因が長田の恐喝や暴行事件、あるいは万引きといった粗暴行為であることも記憶していない。

悪いのはすべて他者であり、自分はまったく悪くない、と規定していた。

自己憐憫意識が極端にまでふくらみきった常習犯罪者の発想である。



鼠の目#439(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

底引き網

山下の目にも波動の拵えたキャンプ、つまり人工物が見えてきた。

となりの同僚刑事に喘ぎながら尋ねた。

「どうやって作ったんだ。彼らの所有地のなのか、あそこは」

「いや。国有地だ。このガサのお札も国有地の不法占拠って容疑になっている。山下、オマエ知らなかったのか?」

「知らんよ。どうせガサのためのお札だろ?いちいち確認しないぜ。おまえこそ確認してんのか」

同僚は耳の後ろを掻いた。

当たっているだけに答えようがないのだろう。

先頭の人間が中を見極めるように、様子を窺っている。

若い男が二人、キャンプ入口に立っていた。

先頭の男がなにかいうと、押し問答のような会話が続いた。

山下はそのすぐ後方に立った。

「だから、関係ないといってるでしょ」

「いや、これが家宅捜査礼状だ。中に入れてもらう」

「ダメですよ。関係ないっていえば、関係ないんだから」

「そうだ。不当な弾圧は認めない」

「いいかね、君たち。われわれは遊びに来ているんじゃない。正当な捜査令状がある以上、ただいまから着手する。これ以上抵抗すれば、公務執行妨害で逮捕、ということになる。そこをどきなさい」

若者は逮捕という言葉の重さにたじろいだようだった。

二、三歩後ずさると、黙って警察の進入を許した。

若者には計算があった。

すでにライフルで武装したメンバーはそれぞれ遮蔽物を使って散開している。

全体をキャンプ内部に入れ込んでしまえば、袋のネズミだ。

各方向から一斉にライフルを打ち込めば、警察を殲滅できる。

若者は腹の中でほくそ笑んでいた。



鼠の目#438(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

谷

「聞こえたか」

「ああ。鬨の声みたいだな」

「波動か?」

「それしかあるまい」

「すぐそこだな」

「木の陰になっているんだろう」

オレたちはてんでな感想を述べた。

同じことが西側から波動キャンプを目指す山下たちにも起こっていた。

「あそこか」

山下は大汗をかきながら呟いた。

定年前の肥り肉に山道はこたえる。

喉が渇いて仕方がない。

ずいぶん水を補給したが、汗とともにながれたミネラル不足がこたえていた。

それを察したのか、若い機動隊の隊員がソルトタブレットを差し出した。

スマン、と片手で謝意を示し、山下はタブレットを口に放り込む。

塩そのものだが、血液にそれがスッと溶け込むような思いがした。

長田は目を凝らして、キャンプを眺めていた。

ついに、きやがったか。

たまらんぜ。

こいつはうれしい。

早くおっ始めやがれ。

ビュンビュンと撃ちまくろうぜ。

長田は酔ったように、これからの暴発を期待していた。

西側から山下を含む警察が進む。

東側からはオレたちだ。さらに北側に長田が位置している。

ちょうど波動キャンプを三方向から囲むように事態が流れている。

ぽっかりと開いた南側の斜面は、深い谷へと切れ込んでいる。

太陽が徐々に傾きを増していった。



鼠の目#437(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

太陽

文龍名はさらに声に力をこめた。

諸君。

波動の崇高を断固、貫徹するために、われわれは銃を取らねばならない。

無謀であるかもしれない。

さらに生命の保証もない。

諸君らに残されるのは来るべき波動の覇権がなされたとき、先駆的に立ち上がったわれらの崇高な精神と、墓標でしかない。

しかし、諸君。

これだけは伝えておきたい。

だれかがなさねばならない使命であったのだ、と。

人類の覚醒のために、われわれが蜂起したのだ、と。

正義はわれらにある。

大義もわれにある。

死を怖れるな。

われわれは巡礼者であるのだ。

そこで文龍名は一旦、話を区切った。

さらに全体を睥睨するかのように、鋭い眼光を全体に放った。

「それでは諸君。諸君らのために川崎御先師より話がある」

そういうと文龍名は壇をおり、川崎真理子を促した。

川崎真理子はゆっくり、粗末な壇にあがった。

沈黙。

川崎真理子は塑像のように固まったままだ。

行き詰るような沈黙が続く。

徐々に人差指を立てた右手を天に向かって突き上げた。

その人指し指が過たず、中空の太陽を指した。

「全宇宙の光と波動により、あなたたちは祝福される」

まるでそれが合図であるかのように固唾を呑んで見守っていた若者たちが、獣のような雄たけびをあげた。

その雄叫びはキャンプに近づきつつあった山下刑事や、オレたちの耳にも入ってきた。



鼠の目#436(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

弾丸

長田のいるところからは、挙措動作は見えるにしても、文龍名の話す内容までは聞き取れなかった。

しかし、文龍名の大きな動きからは、波動メンバーを叱咤激励していることは確かだった。

実際、集まった若者たちの間に、狂信的な熱狂が生まれつつあることが見て取れた。

理非曲直の閾値を越えた、イデオロギー的熱狂だ。

善悪よりも直接的な行動そのものを欲求している。

肥大した自己意識が到達する独善的なエネルギーの集中だ。

長田は手にしたカラシニコフを撫ぜた。

それは無機ではあるが、雄弁に力を語りかける。

こいつの引き金を引くだけで、誰でも死体にすることができる。

ドサクサに紛れて誰でも、だ。

長田には予感があった。

ケンスケは来る、間違いなくここへ来る、という予感だ。

それもあと数時間以内に、という動物的な直感だ。

そのときこそ、このカラシニコフの威力をまざまざと味あわせてやる。

銃口の前に膝まづかせ、命乞いをさせてやる。

赤子のように泣いて慈悲を乞うだろう。

そのときだ。

銃口を眉間に突きたて、苦しませることなくくたばらしてやる。

苦しめない、それが最後のオレさまの温情だ。

眉間を貫通する銃弾で、あっけなくケンスケは絶命するだろう。

オレはその死体に小便をかけ、去り際に唾を吐きかけてやる。

手向けの花代わりだ。

ケンスケのようなクソ野郎にふさわしい、クソな死に方だ。

徹底的に惨めに、無慈悲に、しかも無様に殺してやる。

それと文龍名だ。

やつもケンスケと同じだ。

小便ちびるくらいに脅し上げ、オレを愚弄した人間がどういう末路になるのか、思い知らさせてやる。

最後は川崎真理子だ。

あのアバズレ、殺す前にオレの肉棒をブチ込んでやる。

気持ちよがってももう遅い。

銃口を突きたて、咥えさせたまま殺してやる。

殺したあと、尻穴にオレの棒をブチ込む。

思い切り放精し、凌辱してやるのだ。

長田の股間がみるみる膨れ上がり、放ちそうになった。



鼠の目#435(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

地図

稜線沿いの登山道は、ここまでのそれと違い、ずいぶんハッキリしていた。

大方、四季それぞれに山を愉しむハイカーが多いのだろう。

しかし、今はまったく擦れ違うハイカーがいない。

想像するに西側からのメイン登山道入口で規制がかかっているのだと思う。

オレたちが迂回してきた東側は、盲点になっていたのだ。

反対側からのアプローチをリークしてくれた山下刑事に感謝するしかない。

アップダウンも思ったほどきつくなく、1時間半ほどの歩きで、波動キャンプがあると思われる地点に近づいてきた。

そこは稜線から南側にわずかに下ったカール状の地形をなしているはずだ。

少なくとも国土地理院の地図で見る限り、そう判断できる。

先頭を歩くマリーがつと、足を止めた。

左側、つまり南に向かって視線を送っている。

「見えるか、あれ」とマリーが指差した。

雑木の枝々に遮られ、画然とは視認できないが、人工的なストラクチャらしきものは見える。

「あれがそうか?」とオレ。

「間違いないな。砂防ダム以外、一切の人工物は存在しないはずだ」と、丸田陸曹。

「だけど、地主さんがよくなにも言わなかったわね」

和田由美子がタオルで汗を拭いながらいった。

オレのヘバリ顔と違い、颯爽としたままだった。

「国有地なんだろうが、仮に民間地主だとしても、波動の宗旨からいえば、山は無主の地ということだろうね」

汗一つかいていないケンスケがいった。

「どういうことなの?」

「山は神聖なものであって、誰のものでもない、ってことさ。そもそも山を所有するなんて、烏滸の沙汰なんだよ」

「民俗学はまた店で語ろう。マゴマゴしていると日が暮れる。急ごう」

マリーの言葉にオレたちは反応した。

チラと時計を見ると、すでに三時を過ぎている。

急がねばなるまい。



鼠の目#434(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

真珠湾

純軍事的にまったく勝ち目がないとき、指揮官は必ず最後の拠りどころを敢闘精神や、宗教的犠牲心に求める。

それは波動に限らない。

日本陸軍、海軍が冷静な戦略戦術をもたず、敢闘精神のみを前面に自爆したこととなんら変わりがない。

無論、その本質は洋の東西、時代の今昔を問わない。

その典型が日本陸海軍だった、というだけだ。

戦いとは総力戦である、という大前提を意識的に放棄している。

戦いはある意味、オペラや映画といった総合芸術に酷似している。

映画一本のために、ロケハンや時代考証から始まり、役者、スタッフ、大道具、小道具、エキストラ、はてはケータリングの手配から、それらすべてのソロバン勘定。

一俳優や監督だけの仕事ではできるものではない。

戦いもそうだ。

戦略戦術があり、兵站輸送があり、兵士に武器、それを指揮する下士官がいて、将官がいなくてはならない。

すべてがシステム的になめらかに回転すること。

これなくして戦いはありえない。

しかし、それらすべてを捨象し、精神力にのみ依存するという事実。

この時点で、すでに敗北は予測されている。

勝算のない戦いは、戦いとは呼べない。

自滅、自爆と呼ぶしかない。

冷静な裏社会ビジネスマンであった文龍名は、自分のアジ演説に酔っていたのではない。

どう考えても今回の蜂起はなんあらの展望も生み出さないであろう、という計算はたっていた。

ただ文龍名には滅びへの志向があった。

半島出身の出自、裏社会での冷酷な成り上がり、それらの自らの半生を振り返ったとき、果たしてこれでよかったのか、という強烈な索漠感があった。

金と暴力を無残に行使し、虫けらのように人間を捻り潰してきたこと。

自分の生きた証はなんだったのだろう、という根源的な疑問を、ここ数年、解消できないでいた。

その疑問の回答、あるいは僅かな手掛かりを求めてもがいた結果が、波動だった。

文龍名にとって、波動は川崎姉妹という名分を戴き、そのことを自らに血肉化することで文龍名自身の生を完成せしめようとしたものだった。



鼠の目#433(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

トランシーバ

さて、諸君、時は来たようだ。

西側登山口に配した斥候メンバーから、警察車両から数十人の制服警官がこちらに向かった、という連絡があった。

捜査容疑はなにかわからん。

おおかた重箱の隅をつついた軽微な犯罪とも呼べぬ容疑だろう。

彼ら警察にとって、最大の目的はわれら波動のガサ入れにほかならないからだ。

さらについ先ほど、民放キィ局の中継車両も現れたという報告を受けた。

わらわれは蜂起することが目的ではなかったが、これもやむをえない。

義に殉じる死があってこそ、われら波動の崇高な理念が将来にわたって継承されるからだ。

われわれは醜悪な勝利は望まない。

壮絶なる死のみを求める。

波動に醜悪という言葉は相応しくない。

文龍名は一度そこで言葉を区切ると、後方の川崎姉妹を振り返った。

諸君。

われらが御先師の川崎ご姉妹も決意されている。

お二人も前線一兵士として闘われる決意だ。

そのことは先ほど三人で確認した。

無論、われらの任務はお二人をお守りし、波動の輝かしい理念を、血脈を累々と伝えていくことにある。

無謀な戦いになるだろう。

いくらわれらわれが軽武装しているとはいえ、彼ら警察や公安の火力、人員、兵站にかなうはずはない。

そのことは冷静な判断力ではなく、事実として受け止めなくてはならない。

しかしわれわれが勝る点はある。

波動への忠誠と敢闘精神だ。

腰抜けサラリーマン警官とは志が圧倒的に違っている。

そのことを常に想起されたい。

いかに苦しい場面がこようとも、われわれは波動という宇宙の本質とともに常にある、ということを。



鼠の目#432(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

アジ

太陽が中天から滑り落ち始めた。

長田が時計を確認すると2時を過ぎている。

太陽に炙られ、ひどく喉が渇く。

何度か往復してペットボトルの水を詰め替えた。

もう一度詰め替えようと立ち上がったとき、波動キャンプに動きが現れた。

始まる、と長田は直感した。

予備のペットボトルを用意しておいてよかった、と感じた。

鬱蒼とした雑木林越しではなく、さらによく見えるようにと長田は視界を遮る岩を高巻きし、岩越しにキャンプを眺める姿勢をとった。

キャンプ中央の広場に、文龍名が進んだ。

なにかがパッキングされていた、木箱に足をかけた。

その後ろには、ジーンズにTシャツという、およそ波動最高幹部に相応しくない格好の川崎姉妹が続いている。

さらにそれを取り囲むように数十人の若者が手に手にカラシニコフを持ち、集まっている。

そのうち何人かは壮年から中年、また二人ほど女が確認できた。

箱の上にたった文龍名がなにか、檄を飛ばしているように思えたが、長田の耳には聞き取れなかった。

もし長田が、百メートルほどでも近づいていれば、文龍名のこういう獅子吼を聞くことができたろう。



鼠の目#431(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

GPS

苦しい急登は、ひたすらゆっくり上がることだ。

息が切れない程度に、ペースを落とすことだ。

周りを見渡すと、オレのペースが一番遅い。

由美子も平気な顔をしている。

ケンスケは現役、マリーの体力には陸自次代に積み重ねた利息がある。

オレ一人の息が上がり始めている。

平生の深酒と煙草がそうなんだろう。

フィットネスクラブなんてハナからバカにしているしな。

「ゆっくりでいいんだぜ」

ケンスケのありがたいお言葉だ。

「すまんな。初老にはチトこたえる登りだ」

「急いでいるわけじゃないからな、あんたのペースでいい。つきあうよ」

チェッ、オカマにまで同情されちゃ、フリーランスの便利屋稼業が泣くぜ。

しかし、強がりをいっても始まらない。

オレは、ああ、と答え、さらに踏み出す足のペースを落とした。

途中で一度水を飲んだ。

ほぼ小一時間、急な登りをつめると、ヒョイといわんばかりに稜線に出た。

「ほほう、ここが尾根の稜線になるんだな」

少し先に露岩があり、格好の休憩場所になっている。

「あそこで小休止だ。水と少しカロリーを摂ろう。位置も確認したい」

マリー、そう陸上自衛隊・丸田陸曹がスパッといった。

露岩の周りの日陰で水とチョコレートバーを齧る。

シャリバテと脱水が一番いけないのだ。

腰は下ろさない。

おろすと途端に動き出すのが億劫になる。

マリーがコンパスと地図、腕時計を使って位置を確認していた。

いや、この場合は丸田陸曹と呼ぶほうが相応しいかもしれん。

「GPSの方が簡単だろ?」とオレはマリーに問うた。

「それはそうだが、やりなれたやり方が一番だ。第一、アナログは故障しない。確認の意味でGPSも使う」

地図をしばらく睨んだあと、GPSでデジタル的位置を確認する。

「あと、ここから5キロ、というとこだな。稜線沿いに行く。等高線と目視で確認する限り、きついところはないはずだ」

ほほう、さすがに陸上自衛隊あがりだ。

判断と言葉にまったく躊躇がない。



鼠の目#430(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

コンパス

行き止まりの林道でクルマを降りたオレたちは、それぞれに身支度を整えた。

靴紐を締めなおし、レーションやペットボトルをバックパックに放り込んだ。

オレとケンスケは煙草も忘れない。

さらにオレはバーボンを詰めた小型のペットボトルもパッキングする。

いつもならチタン製のフラスコにするのだが、少しでも軽い方がいい。

第一、これはピクニックでなく、事件を見に行くのだから。

オレはハイライトに火をつけ、煙を肺に送り込んだ。

ケンスケもクールを吸い込んでいる。

しばらくこのハームフルな煙を吸い込めない。

まあ、オマジナイでもいいし、ニコチン補給でもいい。

短くなった煙草を携帯灰皿に捻じ込む。

「さて、行くか。廃登山道でわかりにくいが、おおよそ二時間の行程とふんでいる」

「地図とコンパスはあるのか?」

マリーがプロフェショナルな質問をした。

「大丈夫だ。国土地理院発行のやつとGPS、それに軍用コンパスがある」

「了解」

じゃ、行くか、とケンスケの促す声がした。

返事の代わりに、一歩前へ足を踏み出す。

オレたちはカオスが収縮する地点へ歩き始めた。

いくらも歩かぬうちに、登りが急になってくる。

さきほど駐車場で出会ったTV中継車が回った山塊の西側はアプローチは多少長いが、傾斜はなだらかだ。

しかしオレたちが歩く東側は急峻な登りになっている。

そのために登山者連中から敬遠される道になっているかもしれない。

わずかに酔狂な登山者がつけた踏み跡をチェイスすることになる。

右手に渓流の音を捉えながら、ゼイゼイと登っていく。



鼠の目#429(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

ベレッタ

「長田以外でもよかったんじゃないの?」

「だめね、それは。波動のメンバーは長田のように変質的人格破綻者じゃないの。傷つきやすい魂ばかりなの。その点、長田は違うわ。根っから倫理を欠いているのよ。極端に肥大した自己陶酔だけで生きている。いうなれば人間のゴミね。人間の価値に差はない、とは耳あたりのいい言葉かもしれないけれど、厳然と出来不出来はあるわ。たとえば和田洋子のような魂もあれば、長田のような昆虫以下もいる。ゴミはゴミの役割しかない」

「でも、長田を受け容れるって、生理的嫌悪感はなかったの」

「無論あったわ。でも、確実に和田洋子を殺せるのは長田しかいない、その確信はあった。五分だけガマンしようと決意したの。長田が早漏でよかったわ。鶏なみね。あっという間だった。放精だけがすべて、という自己肥大漢でむしろ助かった」

そう、と川崎真知子は微笑み、続けた。

「それもこれもわたしたちを護るためね」

「今日で終わるわ、それも。すべてが破壊され、土に還り、精神が蒸発するわ」

「死に場所として相応しいかしら?」

「どうかな。でも予定調和の終章を迎えたわけだし、贅沢はいえないわね。姉さんこそ、納得できてる」

「当たり前じゃない。あなたとわたしは聖なる血を引き継いだ人間なのよ。選ばれし姉妹なの。それが際で狼狽したんじゃ、父さんやお爺様に申し訳ないわ。波動の崇高にわたしたちは殉じるの。メンバーともどもね。破滅への気高い行進よ」

妹の真理子が、手箱の中から二つの塊を取り出した。

禍々しい重さを感じさせる塊だった。

「姉さん、これ」

真理子がその一つを姉の真知子に渡した。

真理子はすべてわかっている、という表情でそれを受け取った。

「装填されているの」

「三発入っているわ」

お互いの手には、ベレッタの拳銃が握られていた。

最悪、こめかみに銃口を当て、引き金を引けばいいだけだ。



鼠の目#428(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

絶壁

「それはつまり、和田洋子の図抜けた霊性が、あなたに取って代わるはずだ、と思ったの?」

真知子はゴクリと喉をならした。

「ええ、そう。でもね、和田洋子にその意図はなかったと思う」

「というと?」

「彼女は看破したんだわ、きっと。波動はインチキである、と。そこそこわたしに霊性があったとしても、いかほどのものかしら、と歯牙にもかけなかったはず。むしろ、わたしと出会うことで、自分の霊性の高さに気付いたような気がするわ。だから、むしろ自らで新しい哲学を探そうとしたかもしれない」

「でも、あなたは仄かな殺意を抱いた」

「そう。有体にいえば嫉妬だったと思う。わたしなど足元にも及ばない、峨々たる高み。それが悔しかったのね。わたしもこの波動を率いて、それなりのプライドはあった。でも、ダメね。所詮、ホンモノとパチモノじゃ、そもそもの魂の勢いが違うわ。それが悔しく、嫉妬したのね」

「それが殺意の源、ということなの?」

「それしか考えられないわ。だってそうでしょ。和田洋子はわたしのところへ来て、自らの霊性に気付いた。しかし、波動の破綻も直感的に理解していた。縁なし、と踏んでいたはずだわ。そのままであれば、彼女は新たに勉強を始め、精神世界のリーダーを目指したでしょう。しかし、わたしにはそれが許せない。精神世界のリーダーはわたしのはずなの。だから…」

「だから、長田に和田洋子殺害を依頼した。そのために長田を腹の上で泳がした…」

「ええ。まったくその通り」



鼠の目#427(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

聖書

「わかるの、そういうことが?」

「霊的な感覚があれば、必ずわかるわ。でなきゃ、わたしたちが今日、美しき敗北を迎える、とは考えもつかないでしょ。今日のことはもう、確信に近いの。わたしも姉さんも文龍名もみな、間違いなく土に還るわ」

「それはわたしみたいな人間にもわかるわ。でも、今はそんなことはいいの。それで、和田洋子と会ってどうなったの」

「彼女は宮崎一平の布教活動を苦々しく思っていたわ。だけど、その布教の中味を聞くうちに、興味が湧いてきたみたい。波動のメンバーのまず全員が引きこもりがちな人間だけど、彼女は違った。堂々、正門から、ここの教義を教えて下さい、と現れた。高男兄さんも困ったでしょうね。高男兄さんは教義よりビジネス、だから。それでたまたま居合わせたわたしに会わせたのね。高男兄さんも彼女の精神的気高さに押し切られちゃったみたい。それが本当に霊的存在である人間の有無のいわせぬ力ね」

一旦話を切ると、真理子は髪を掬い上げ、続けた。

「和田由美子は時節の初対面の挨拶もそこそこ、いきなり教義の核心をついてきたわ。東アジアの統一祭祀ってなんなのでしょう、って。わたしビックリしたわ。だって、そこらあたり、メンバーには適当に誤魔化していた。取りまとめて破綻のないよう成文化する作業も、文龍名にいわせると、まだ時間がかかりそうだ、といってた。だって、そうでしょ。ここの組み立てができないと、波動そのものの存立意義が見えない。中心、つまり本尊ね、それのない信仰はないわ…」

「適当にうっちゃれる相手ではない、とわたしは覚悟を決めた。正直に話したの、なにもかも。それはまるで告解をしているみたいだったわ。和田由美子が神父でわたしが信者、そういう役割だった…。つまりそれほど彼女の霊的な高さは図抜けていたの。とてもかなわなかった。洗いざらいしゃべったわ。最後に、彼女、そう、ありがとう、と微笑んだ。このときね、負けた、と思ったのは。そして仄かな殺意が芽生えたのは」



鼠の目#426(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

霊

「え?どういうことなの?初めて聞く話だわ」

「そうね。このことを知っているのはわたしと、僅かに文龍名が気付いているかもしれない、その程度だわ」

「和田洋子の名前は知っているわ。でも、彼女はアンチの側じゃなかったかしら。彼女の大学サークルでウチのメンバー…ええと…」

「宮崎一平」

「そうだったわ。でも、その宮崎一平がサークル内で布教活動することを和田洋子は嫌悪していたはずじゃないの」

川崎真知子が咳き込むように尋ねた。

「最初は、ね。でも彼女は波動本部のマンションに現れた。そこで会長の高男兄さんと話していたいたときに、たまたま出会ったのよ。なんだか和田洋子という女、ちょっと匂いが違ったわ」

「違うって、なにが?」

「あのね、姉さんはわたしほど霊的にインスパイアされないわよね」

真知子は、ええ、と小さく顎を引いた。

「波動組織内で、姉さんでなく、わたしが最上位を占めたのも理由はそこでしょ。霊的にインスパイアされやすい女って匂いが違うのよ。それは具体として言葉にはならないわ。瞬間に理解できるものな。だからこそ霊的な匂いともいえるわ」

「つまり和田洋子にはその匂いがあった、ということね」

「そうなの。彼女もなにかしら感じるものがあったみたい。いや、はっきりいうわ。彼女はわたしより数段上の霊的存在に思えたわ。本来あるべき霊的存在のまえに、半可通なわたしがいる、そう思えた。彼我の差は絶望的なほどある、と直感できた」



鼠の目#425(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

100m

夜明け前の闇の底に若い女が二人蠢いている。

川崎真知子、真理子の姉妹だ。

白装束のドレープが闇にほの白く舞っていた。

「姉さん、今日が最後みたいね」

「だと思うわ。でもあなたが波動におけるもっとも神聖な存在なんだから、取り乱しちゃだめよ」

「わかってるわ。醜悪なな勝利より、美しき敗北を選ぶわ。姉さんもでしょ」

「当然じゃない。城を枕に討ち死に、ってことかしら。あら、喩えが古すぎるわね」

姉の言葉に妹・真理子は嫣然と笑った。

「文龍名は大丈夫かしら。あれもかなりの年だから」

「心配しても詮ないことよ。あと一日もないわ。最後の力を振りしぼるでしょう」

「兵士たちは?」

「さあ。すべて文龍名が把握しているでしょう。あ、そうだわ。夕方、闖入しようとしたのは長田でしょ?会ったことはないけど、画像で見たことあるわ。印象は人格陋劣そのものな男ね」

「そもそも不潔だわ、長田は」

「会ったことがあるみたいね」

「そう。寝たこともあるわ」

「寝た?あんな汚い男と?」

「仕方がなかったのよ」

「なぜ?」

「和田洋子を殺させるため。怖気が来るほどイヤだったけど、抜いてやれば簡単に殺人を請け負うと思って。無論、翌日、和田洋子は死体になった」

「和田洋子は障害になってたのかしら」

「彼女はわたしの地位を簒奪しようとした。波動の乗っ取りをはかったの」

それは川崎真知子も初めて聞く話だった。



鼠の目#424(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

T型

どうするね、とケンスケがいった。

「突っ込む。まだ轍は続いている。どうにもこうにもならない、というところまで行こう。少しでも楽がしたい」

「Uターンすらできなくなるかもしれんぜ」

「構わんよ。どうせ11年落ちのポンコツだ。この老いぼれカローラの死水を取るには相応しいかもしれん」

「ロシアじゃ現役だぜ、こんなんでも」

「どうせ車じゃねぇか。陳腐化しないと買い替え需要が起こらないんだろう。日本経済の原動力だよ」

「へっ、ご高説、痛みいります、ってか」

ケンスケの軽口が小気味いい。

オートマチックシフトレバーをLに固定し、強引に林道を上がる。

流石にトヨタクォリティだ。

悲鳴のようなエンジン音もしない。

日本技術の勝利じゃねぇか。

そう、技術だ。

いまさら誰も手放さない、いや、なくなれば全世界が大混乱するクルマという技術だ。

T型フォードが1907年の発売だ。

それからたかだか百年。

人類は足で歩くことを放棄した。

さよう。

それはこのクルマに乗る四人を含めて、だ。

便利だ。

しかも快適だ。

真冬はヒーターを真夏はエアコンを効かし、洒落たCDなぞ聞きながら、咥え煙草の片手で突き進める。

しかし、それが行き着いた…やめよう、また説教になる。

徐々にエンジンが喘ぐようになってきた。

1500CCで4人乗車、しかも林道の急登だ。

ランドクルーザーでもない限り、そんな設計はなされていない。

轍の跡もかすかになってきた。

突然、という感じで土砂が林道に崩れ落ち、完全な行き止まりになった。

カローラの鼻先が停止した。

「ここまでだね」とケンスケ。

「そうだな。ここから歩きだ」

オレたち四人、それぞれのドアから身体を出し、図ったように伸びをした。



鼠の目#423(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

轍

「山らしくなってきたわね」

と和田由美子がいった。

「自衛隊時代の演習場とも似ている」

とオカマのマリー。

本人に間違いはないのだが、どうも調子が狂う。

女よりたおやかであったマリーが、凛と背筋を伸ばし、後部座席に座っているという事実が、だ。

心なしか声も野太く感じる。

頭髪もすっかり短くなっている。

わずかに夜の商売の痕跡をとどめるのは、日焼けしていない肌くらいか。

「北冨士演習場かい?」とケンスケ。

「そう。演習場へのアプローチはこんなカンジだったな」

マリーの精神は自衛官のそれに戻っているように思えた。

林道ですら徐々に荒れ始めた。

轍の部分を除いて、獰猛なほど野草が生えている。

林道の両側から延びきった木の枝がせりだし、ピシピシとカローラのボディを鳴らした。

「へっ、どえらい道になってきやがったな」

「行けるところまで行こう。轍があるということは、車がまで進入できるってこったろう」

とオレはケンスケの感想に答えた。

「違いない。しかし揺れるぜ、覚悟してくれよ、和田さん」

「OKよ」

と和田由美子が答えた。

おいおい、ピクニックじゃねぇんだ、といいたいが、ま、いい。

これくらいリラックスしてくれていたほうがな。

しばらく行きあがると、通行止め、という標識がひょいと見えてきた。



鼠の目#422(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

ダート

しかし、いずれにせよ、波動の事態を抜いたマスコミはあっても、すべてのマスコミが殺到し、遅かれ早かれ必ずスラップスティックコメディ状態になるのは間違いなかろう。

その大騒ぎ地点とまったく逆からキャンプに潜入できるのは、大いなるメリットといわねばならん。

いかにこれから大迂回しようが、この点、山下刑事には満腔より感謝、だな。

オレは3本目のハイライトを灰皿に捻じ込んだ。

さて、行くか、と皆に声をかけた。

カローラの4枚のドアからそれぞれが、乗り込む。

オレ、ケンスケ、マリー、和田由美子。

表情は誰も変わっていない。

これからマリーの店で飲もうじゃないか、という雰囲気だ。

ケンスケがゆっくりカローラの鼻先を回した。

これからもう僅かで国道とはおさらばだ。

県道の枝線に入り、そこからはさらに林道を登ることになる。

とりあえず、カローラで突っ込めるまでは突っ込むのだ。

国道から県道へ左折すると、さらにもの寂しい雰囲気になる。

右手側は渓流へと落ち込んだ斜面になっている。

その向こうの斜面にしがみつくように民家が一軒、見えるきりだ。

左手は同じく壁。

ところどころから、湧き水が染み出し、路面に黒い染みをつけている。

湧き水の伝わる壁面には、シダとコケがみっしりと生えていた。

ウネウネと曲がりくねった県道を、慎重に上がっていく。

小一時間ほどすると、林道への分岐に突き当たった。

このまま県道を上がれば、隣県の山裾へ下るが、オレたちは林道側へハンドルを切った。

すぐに舗装が切れた。

粘土質むき出しのダートがつながっている。

カローラは小石をミチミチと吹き飛ばし、ジリジリと不快な音をたてながら林道を登っていく。



鼠の目#421(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

中継

道幅が広くなったところに、立派な公共トイレと駐車場が整備されたパーキングが突如、というかんじで建っていた。

これも道路特定財源の賜物、ってわけだ。

ケンスケはカローラの鼻先を回し、車体を駐車場につっこんっだ。

「これから林道に入るからな、トイレ休憩といこう。お誂え向きに灰皿も置いてあるしな」

ケンスケのその言葉に車外に降り、オレは強張った身体を屈伸させた。

ケンスケとともに煙草を吸い込んでいると、TV中継車が、その巨体を反対方向から滑り込ませてきた。

灰白色のボディに準キイ局のロゴが描かれていた。

ドアがあくと、何人かの若い男が小走りにトイレへ駈け込んでいった。

学生アルバイトかもしれん。

二本目を吸い終わるころ、また若者たちは小走りで中継車に戻ると、その大きなボディはオレたちが通ってきた方向へ走り出した。

「マスコミまで動き出したか…」とオレは呟いた。

「多分、ね。逆方向に走り出したのは、おおかた、正面から波動のキャンプに向かうのだろう、と推測するけどね」

オレも全面的に支持する。

マスコミとてバカじゃない。

大抵はサラリーマンそのものの出世志向と事なかれ主義のヒネクレ者ばかりだが、なかにはとてつもなく切れる男がいる。

そいつが前線の指揮官であれば、見事にマスコミがマスコミとして機能する。

マスコミをマスゴミと一刀両断するバカがいるが、そいつらがマスコミにいれば、そいつこそ間違いなくマスゴミの一人にしかならん。

普通、オレは違うと思い上がるバカを、無能の夜郎自大という。

無能の前向きは迷惑なばかりでなく、夜郎自大の跋扈は全体の知的レベルが下がるだけだ。

こういうバカこそ、組織には不要なゴミだ。

組織は人動かすものなのだ。

冷静な師団長と優秀な下士官、それの勇猛果敢な兵士がいれば、軍隊もマスコミ、いあや、会社も組織も完璧に機能する。

直属上官は常に後を任せるべき人間を育てる、このことにのみ専心すべきなのだ。

そこらあたりが理解できるとできないでは、組織力が天と地ほどに違うのだ。



鼠の目#420(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

湧き水

長田は眠り込んでいた。

川崎姉妹を警備する若者を刺し殺し、そのまま森の中へ引き摺っていった肉体と精神の疲労が、睡魔という形で現れたのだろう。

申し訳程度に枯葉でカモフラージュした若者の死体からそう遠くない位置だった。

わずかにせり出した岩が庇となり、格好の寝場所だった。

木漏れ日が長田の顔を照射した瞬間、その眩しさに長田は目覚めた。

すっかり明るくなり、あわてて腕時計を長田は覗き込んだ。

昼に近かった。

ずいぶん長時間寝込んでしまったことになる。

睡眠は長田の体力をすっかり回復させていた。

ケンスケに砕かれた左手の痛みも、気にならない程度になっている。

せせらぎの音が耳に入る。

森の細流が近くを流れているのだろう。

長田は身体を起こし、音のする方向へ向かった。

それはすぐにわかった。

岩の裂け目から水が流れ出している。

これぞミネラルウォーターだ。

長田はその流れに直接口をつけ、ゴクゴクと飲んだ。

さらに空のペットボトルに水を詰め、ついでに顔も洗った。

目やにが流され、気分がいい。

さあ、これからだな、と長田は直感した。

キャンプ方向へ戻る。

キャンプが見通せる場所にたどり着いた。

これから高みの見物といくのだ。

舞台も主役は後で登場するんだ、と長田はほくそ笑んだ。

キャンプの空気が張り詰めている。

警備の若者がいなくなったことに気付いたのかもしれない。

また、武装蜂起が近いことも、緊張をさらに加速しているだろう。

何人かの若者の肩にはカラシニコフが担がれていた。

すべてのものがこの神さびた山間のキャンプに集中しはじめている。



鼠の目#419(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

老子

オレの論旨はこういうことだ。


①科学や技術は欧米社会で進化発展してきた。
その背景はキリスト教的合理主義を背景とする、自然は人間に屈服するという態度を濫觴とする。


②これに対し、東洋的精神主義は、合理よりも自然や精神の不思議をあるがままに受容しようとする。
説明できぬものは説明できぬ、それでいいじゃないか、という態度だ。


③ところが70年代以降、一気に科学偏重、技術優先がもたらす自然や人の精神世界の荒廃が噴出してきた。
人はそれを無意識に科学と技術が人の叡智と自然を追い越したと感じ始めた。
それが世界全体、マスとしての無意識的不安である。


④この不安を説明するのに、東洋的精神主義の持つ柔軟性が実に便利だった。
しかし、この東洋的精神主義は、キリスト教的合理主義と科学や自然、精神に対するアプローチが決定的に違っている。


⑤本来ならこの両者を統合するスキームが明晰な哲理で論じられるべきなのであるが、まだ至っていない。


⑥結果、合理主義の恣意的な準用と東洋的精神主義の換骨奪胎の怪しげなカルトが胚胎してくる。


⑦彼らカルトは過激であればあるほどその勢いを増す、という本質がある。
あげく殺人が精神の浄化であったり、武装蜂起そのものが存在意義であるかのような発狂集団になる。
これから向かう波動キャンプがその好例だろう。


とりあえず、ここまでだ。

オレにもボンヤリ掴めてきた。

この冗長な話にも徐々に先が見えてきた。




鼠の目#418(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

カノッサ

不安のない人間なんていないのだ。

無論、その人の揺らぎの大きさにもよる。

また、属人的な性格にもよる。

すべてがすべてカルトに騙されるともいえない。

しかし、ハマル人は真っ逆さまに墜落していくのだ。

そこでカルトは物質にや眷属、家作、恒産に囚われる心が不安の原因といいだす。

そんな恒産は教団に寄進しなさい、と。

ここがヤツラの最大の目的だ。

詐欺の詐欺たる由縁だ。

心理的支配を貫徹し、結果としてカルトが肥え太ることを目的にしているのだ。

確かに寄進はいかな宗教にもある。

民俗、習俗としてもある。

しかし、それは無私の精神生活に閉じている行為であって、決して寄進そのものが目的ではない。

あー、説教、能書きもどえらく長くなってきた。

また垂れまくらなきゃならんかもしれんが、ここでいいたかったことを、なるべく簡単に言おう。

ならば箇条書きがいいかもしれんな。

すまんが明日にさせてくれ。

水増しでもなんでもない。

区切りが必要なだけだ。



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