不眠症の眠れない夜

元アル中、初老の繰り言、戯れ言か、と。

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鼠の目#477(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

無題

男の名前は安田といった。

圭角のある性格のためか、会社内では浮いた存在だった。

もうそろそろ50歳近いというのに、出世にも縁遠く、在勤年数に応じて付与される資格職があるきりだった。

服装やファッションにはてんで関心がなく、そのモッサリした風貌ともあいまって、ずっと独身のままだった。

ただ彼には記者として天賦の才があった。

粘着して取材対象から離れない、ということだった。

そのためには彼は身銭を切ることすら厭わなかった。

どうせ独り者の気安さもある。

さらにTV業界とは高給で知られる職種だ。

安田は、これぞ、という取材対象者には過剰なほどその懐に飛び込んでいった。

無論、そのことが相手に嫌がられることも度々あった。

しかし、安田は一切、斟酌しなかった。

(どうせオレが放送記者でなくなれば、ハナもひっかけられないのだ。ならば引っ掻き回せる間は、とことん引っ掻き回してやる)

安田は放送記者の名刺のありがたさがわかっていた。

名刺一本で政治家でも経済人でも文化人でも堂々と面会できる。

ときにそれは己の実力と勘違いするバカもいるが、オレはそんな夜郎自大じゃない。

先輩が作り上げた会社に対して相手は敬意を表しているだけだ。

いや、もっとはっきりいえば、取材対象者はTVでバッドニュースを放送されたらどうする、という恐怖感に支配されているのだ。

ここはゴマをすっとかないとマズイ、と判断しているにすぎぬ。

どうせオレが退職したら、アンタ誰?と無視されるだけだ。

オレには地位も名誉も金も知力もない。

素寒貧のなんにもない、だ。

ならば名刺の力は使えるうちに使ってやろう。

クソ面白くもない人生を少しでも面白くするために、利用できることはトコトン利用してやれ。

ある意味、安田はエキセントリックではあるが、マスコミの傲岸不遜からは一番遠い地点にいた。



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鼠の目#476(ほぼ前文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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波動はカルトである、と一刀両断するのはいい。

しかし、そのことは逆に言えば、盲目的あるいは狂信的に目的を果たそうとする推進力にはなる。

自らの存在や哲学をすべて賭けて、事を進めることが可能なのだ。

概念的な「市民の安全を守る」という職業倫理にたつ警察官のモチベーションとは決定的に異なっている。

ある意味、どこまでいっても警察側はサラリーマンであり、自らが守るべきものが多すぎるのだ。

出世や自己保身は敢闘精神を加速しないのだ。

その点、波動は守るべきは川崎姉妹の指令でしかない。

およそ行動原理に夾雑物がない。

銃をとり、敵を殲滅せよ。

川崎姉妹の言葉が目的であり、唯一無二の指針なのである。

こういう光景が見られた。

広場を対峙点とする主戦闘で、へっぴり腰の警官と、AK47を乱射しつつ突っ切る波動メンバーだ。

警官は上官に叱咤され、拡声器で鼓舞されながら、ジュラルミン盾を前面に立てて進む。

がしかし突撃ライフルの貫通力の前にはジュラルミン盾はあまりに非力であり、ライフル弾に射抜かれた警官を放置したまま退却する。

しかし波動は吶喊の声を叫びながら、ライフルを乱射し、気合で広場を横切った。

鎧袖一触、衆寡敵せず、とはこのことだろう。

すでに広場には強力な投光機が照射されている。

しかし何体かの遺体が転がったままの広場に進捗は見られない。

すでにマスコミは規制線の外側に有象無象に集まっていた。

遠くから聞こえる間断ない銃撃音、拡声器の怒号、警察ヘリの乱舞、垣間見える投光機の明かり、それらにジリジリしながら警察広報官を取り囲んでいた。

なにか発表することはないんですか、と。

唯一の例外は、皆殺しにされたTV局の跳ね上がり記者の一人が、小型ムービーカメラを持って、こっそり規制線を破っていったことだろう。

彼は嫌われ者だったが、じっとしていてもなにもわからない、そのことだけはヒリヒリとわかっていた。



鼠の目#475(ほぼ前文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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広場中央を巡る波動と警官との攻防は、一進一退の膠着状態が続いていた。

未曾有の騒乱事件に警察はその威信をかけて、総動員をかけていたし、政府中央も事の重大さに鑑み、治安出動も視野にいれ、自衛隊の派遣も検討され始めていた。

少なくともこの国で、ライフルによる、組織的な銃撃戦が行われた歴史はない。

浅間山荘事件という極左の発砲事件はあった。

しかし、あの事件で使われたライフルは軍事用ではなく、その数も数丁にとどまる。

ところが波動は、その十数倍の軍用突撃ライフルで武装し対峙している。

すでにこれは事件という生易しいレベルをこえ、ゲリラ戦状態にあるのだ。

治安出動が議論されてもおかしくはない。

すでに警察側は波動を圧倒する人員と火力と機械力を展開していた。

戦力的に波動との彼我の差は決定的なレベルにはあった。

しかし小雨と夕暮れ、さらに木々に遮られた地形が波動にアドバンテージをもたらしている。

加えて決定的な違いがあった。

戦闘へのモチベーション、すなわち、死をも怖れぬ敢闘精神である。



鼠の目#474(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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山下が死んだ、だと?

無愛想、仏頂面を絵に描いたような男がだぞ。

偏屈で頑固だが、警察のなんたるかを一番心得ていた男。

義理人情クソクラエをうそぶくくせに、最も義理人情に篤かった刑事が、だ。

しかもよりによって長田という、人ともいえぬ昆虫以下に殺されただと?

オレは全身の血が果てしない底の底に落ちていく思いがした。

「で、長田はどうなった」

「トンズラだ。追えなかった。山下が心配で。しかもドサクサでこの有様だ」

ケンスケは自分の左腕を示した。

バンダナできつく巻いてあるが、血が滲んでいる。

「腕は大丈夫なのか?」

「ああ。かすり傷だ。血は出ているが支障はない」

パーンと跳弾がまた弾け飛んだ。

慌てて首を竦める。

無意識の反応だが、本当に当たっていれば、なんの効果もない。

つまり、オレたちは煙弾のなかで丸腰で立ち尽くしているに等しい。

「どうするんだ、これから。安全確保のために三人で下りるか?」

オレの問いにケンスケはかぶりを振った。

「いや。長田を始末する。悪いが和田さん、オレにやらさせてもらうよ」

「一緒にやりましょう。足手まといには決してならないから」

「ヤツは手傷を負っている。さらに危険だ。ライフルをいまだに所持しているかもしれない」

「だめ。万一、わたしが殺されたら、ケンスケさん、長田を殺して。それにケンスケさんが殺されたら、わたしが長田を殺すわ」

和田由美子の目の光が、さらにきつくなってきた。



鼠の目#473(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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薄暗く、しのつく雨で視界が悪い。

オレと由美子はゆっくりと進んだ。

相変わらず、ヒュンヒュン、ダーンという発砲音が続いている。

時々、視界に警官の姿が入る。

発見されないよう、誤射されぬよう願うばかりだ。

とりあえず、ここまでは僥倖に恵まれている。

まるで小説世界だ。

稜線方向に上がってくる男が見えた。

サッと身体を隠す。

光線の方向でこちらからはよく見える。

ケンスケだ。

しかしいつものシャープな動きに欠けている。

自分をキチンと統合できていな印象だ。

ケンスケ、と低く、しかし鋭くオレは声をかけた。

頭を巡らし、オレに視線が投げられた。

押し殺した怒りの感情が離れていてもわかった。

周囲の安全を確かめ、素早くケンスケが近付いてきた。

削いだような表情が一段と険しくなっている。

ケンスケがオレの正面に立った。

「手短にいう。山下刑事が死んだ」

オレは最初なんのことだか理解できなった。

「死んだ?誰が?」

「山下刑事だ。長田に殺された」

横で話しを聞いていた和田由美子の表情がみるみる歪んできた。

「うそでしょ。山下さんが死ぬわけはないわ」

「今は冗談が最も似つかわしくない。山下刑事は長田のライフルで射殺された」

オレは胃液が逆流するのを感じた。



鼠の目#472(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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「とにかくケンスケと合流しよう。固まるのは危険だが、単独はもっと危険だ。ケンスケならいざしらず、オレはアマチュアだ」

「マリーさんはどうするの」

「どうしようもなかろう。とにかく状況が落ち着かない限り、遺体を運ぶことすらままならない」

「そうね。仕方がないわね」

じゃ、行こう、とオレは由美子を促した。

ヒュンヒュンとライフルの剣呑な音が続いている。

非日常の空間としては、これ以上ない。

稜線のわずかに下まで登り、身体を隠しながら視界を確保した。

稜線越しに警察ヘリが見える。

増援部隊が続いているのだ。

あれから一体、何機が飛来したのか。

単純数だけでは、すでに波動を上回っているはずだ。

火器も圧倒しているかもしれん。

しかし波動の戦意は衰えていないようだ。

でなければこれほど戦闘は続かない。

しかも先ほどから小糠雨が降り始めた。

ただでさえ日が傾いて暗くなっているところに雨だ。

視界も利きにくい木々のなかとくる。

戦術的に天恵は波動にある。

すなわちゲリラ戦にはうってつけの状況なのだ。

木々の切れ間から広場が垣間見えた。

激しく動く警官の姿が見える。

大声でなにかを叫んでいるが、言葉がわからない。

その警官はグッタリと動かない同僚警官を引き摺っていた。

パンパンパンとまた銃声が響いた。

その警官はあっけなく、そこに崩れていく。

また一人、波動の銃弾が人を射抜いた。

もう、驚きもしない。

崩れる姿は、相撲の決まり手のVTRを見るようなものだった。

戦争が人の気持ちを狂わせるとは、このことなのだろう。



鼠の目#471(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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オレと和田由美子はまだマリーのそばに居た。

その方が少しは安全かもしれない、という判断もあった。

ケンスケは長田を追っていった。

由美子は先ほどまでの呆然から立ち直っていた。

その顔貌には、長田への復讐が朱となって現れていた。

断続的なライフルの発射音とヘリの轟音、それを包むように小糠雨が降り出している。

「由美子。オマエはやはりここから下山したほうがいい」

オレの言葉に由美子は決然と答えた。

「下りないわ。絶対に。洋子と宮崎一平君、それにマリーさんまで殺した長田を、決して赦せない」

「しかし、あの射撃音も聞こえるだろう。極めて危険な状況なんだ」

「だからいいじゃない。ことをなすにはうってつけだわ」

「ことをなす、か」

「そうよ。殺すのよ、長田を」

オレは由美子の目を見て、ちょっと驚いた。

普通じゃない。

トランス状態のそれに近い。

どこの焦点があっているのか、判然としない目だ。

ダーン、とすぐ横で着弾音が炸裂した。

オレも由美子も、ビクッと身体を震わせた。

この音は否が応でも現実の状況を想起させる。

「こんな状態でも、か」

「何度もいわせないで。わたしは長田を殺すの。それに…」

「それに、なんだ?」

「あ、いいの。忘れてちょうだい」

思わせぶりな由美子の態度だった。

「しかし由美子。殺すといっても、どうやって殺すんだ」

「方法なんて考えてないわ。意志のあるところに道はあるわ」

報復の意志、か。

怒りもて、報復のハードルを飛び越えるわけだ。



鼠の目#470(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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サッとナイフが素早く移動すると、長田の頬にごくわずかなスジが刻まれた。

さきほどのナイフ痕よりずっと小さい。

それほどケンスケのナイフ捌きが見事なのだ。

ケンスケがなにかをいいかけたとき、広場方向からバリバリバリと激しい銃撃音が響いた。

警察と波動、どういう流れなのか判然としないが、とにかく激烈な戦いが進行しているのだ。

「へへ。オレが殺した数なんてたかが知れている。波動も警察もみんな人殺しじゃねぇか」

「黙れ。韜晦は通じない」

その時だ。

ビシッと銃弾がケンスケの左腕を射抜いた。

クッ、と小さく叫ぶと、ケンスケは弾かれるように脇に転がった。

転がりつつ、ケンスケは銃弾の発射された方向を見た。

それは仏外人部隊で徹底して仕込まれた生き延びる術だった。

波動がいる。

迷彩服をまとい、まだ幼い風貌の眼鏡をかけた若者だった。

若者は肩にあてたAK47の照準をつけたまま、また引き金を引いた。

弾はわずかにケンスケをそれた。

立ち木を何本か遮蔽物にケンスケは身体を隠す。

姿勢を低くし、左腕を見た。

二の腕部分を掠めたようだった。

貫通はしていない。

多少の出血はあるが、特にどうということはないようだ。

しかし、力がはいらない。

それは仕方がなかろう。

尻ポケットから大判のバンダナを取り出すと、口と右手を使って、患部を絞り上げる。

まあ、応急処置にはなるだろう。

その間に波動の若者が消えていた。

長田はどうなった?

長田の方向に視線を走らせた。

やはり長田の姿も消えていた。



鼠の目#469(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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「長田。オマエがオレを殺すのはいい。しかしな、オマエはマリーと山下まで殺した。オマエは単なる殺人嗜好者だ。オマエを殺すのは和田由美子しかいないと思っていたが、撤回する。オレがオマエを殺すんだ」

ケンスケは削いだような尖った表情でいい放った。

グヘヘヘヘヘ、とくぐもった笑い声を上げたかと思うと、長田はピュッとケンスケに唾を吐きかけた。

きつい腐敗臭に血液が混じっていた。

ケンスケの反応は素早かった。

ものもいわずに、サッとフォールディングナイフを跳ね上げた。

長田の頬に一条の浅いナイフ痕がつき、血が滲み出した。

それはプツプツと数滴の玉となって、長田の頬に盛り上がった。

「なかなかいい冗談だ、長田。ますますオマエが殺したくなった。オレは戦闘で人を殺すことでさえ、忌避感があった。しかし、今度ばかりは違う。怒りは心底、相手を破壊せずにはいられないモチベーションになる」

そういうと再度、フォールディングナイフを捻りあげた。

さきほどのナイフ痕と交差し、歪んだバツ印が長田の頬に刻まれた。

ケンスケに蓬髪を掴まれている長田の目は、三白眼がどんよりと薄汚い濁りを示していた。

知的な、あるいは倫理的な光をいっさい拒否した、生物の輝きさえ感じられぬ色だった。

「うるせぇ。てめぇにオレが殺せるか。オレがおめぇを殺すんだよ」

長田の声はさっきよりシッカリしている。

「それにオマエの相棒、あー、なんていったか…ああ、鼠とかいうチンケなジジイだ。それにあのババァ。やつらはどうした」

「それがどうかしたか」

「オメェがくたばるところを見せたやりたくってよ」

「口が過ぎるぞ。長田」

スナップを効かせた右手の動きが、フォールディングナイフにしなやかな動きを与えた。



鼠の目#468(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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「山下、どうだっ、山下っ、大丈夫かっ?」

ケンスケの問いかけに、山下はピクリとも反応しなかった。

胸、腹、首から大量の出血があり、一部からは内臓がはみ出ている。

完全な即死状態であることは、ケンスケにもわかった。

すでに、出血は止まっている。

流しつくせるだけの血が流れてしまったのだろう。

なんともあっけない山下の死だった。

こんな食えない刑事はないな、とケンスケも思っていた。

確かに食えない。

食えないが警官としてはピカイチだった。

徹底して市民の安全を護る。

この一点にのみが山下の行動原理だった。

いつも仏頂面で皮肉しかいわない山下。

もう定年前なんだ、面倒なことはゴメンだ、といっていた山下。

遅くできた娘の結婚に難色を示しつつも、幸あれかし、と祈っていた山下。

肥満を気にしながらも、酒も煙草も頑としてやめなかった山下。

人情なんてクソクラエとうそぶくように見えて、実はもっと所轄でウェットだった山下。

その山下がものもいわず、血だらけで転がっている。

さっきのマリーといい、今度は山下だ。

ケンスケの底の底でなにかが破れた気がした。

ブツッっと音を立てて、感情の腱が切れた。

ケンスケは尻ポケットからナイフを取り出した。

長田を殺す、その一点に意識が集中した。

ツツッと長田のそばによると、手のひらで思い切り長田の頬をひっぱたいた。

ア、ガ、ガ、ガ、ガ…。

割れた顎で喋りにくいのか、長田が意味のない言葉を吐いた。

ケンスケは長田の蓬髪をわしづかみにすると、グイと顔を上げさせた。

そして大声で叫んだ。

「長田ッ!オマエはオレが殺す!いつまでものんびり寝てんじゃねぇ」

ケンスケはフォールディングナイフの切っ先を長田の頬に当てた。



鼠の目#467(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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にらみ合いのような時間が過ぎた。

物理的にはごく短い時間だったろう。

その緊張を破ったのは広場方向からの怒声だった。

「突入しろ!ライフルおよび短銃の使用を許可する」

パーン、パン、パンと各方向からライフルの射撃が始まった。

ついに警察部隊と波動の全面対決の幕が切って下ろされた。

その声に山下の警察官本能が反応してしまった。

視線を長田からはずし、広場方向へ送ってしまったのだ。

そのわずかなスキを長田は見逃さなかった。

照準を合わせるまでもない。

AK47を持ち上げ、腹に固定し引き金を何度か引いた。

ケンスケが、山下!と叫ぶ声と同時だった。

パン、パン、パン!

どう、と山下の肥満気味の身体が倒れた。

長田はさらに引き金を引こうとしたが、カチカチという機械音がするばかりだった。

マガジン弾装切れなのだ。

弾切れに躊躇した長田に、今度ばかりはケンスケが飛び掛った。

半身を返して、思い切り長田の顎を蹴り上げた。

グシャッという音とともに、ケンスケの足先に衝撃が走った。

長田の顎先を捉えた蹴りは、長田の顎を割ったのだ。

長田は顎を押さえたまま、そのまま倒れようとした。

ケンスケがまた半身を返し、倒れそうになっている長田のわき腹に強烈な蹴りを再度見舞った。

グシャ。

肋骨が何本か折れたはずだ。

ゆっくりと長田は後方にもんどりうつように倒れていった。

長田は完全に気を失っていた。

ケンスケは慌てて山下のところへ駆け寄った。

頭上ではバラバラバラという轟音が炸裂している。

警察の掩護部隊が大量に運ばれてきているのだ。

チラと目をやると、はるか後方にも何機かが見える。

多分、マスコミの取材ヘリだろう。

しかし、この状況では警察が接近を許してないはずだ。

なにしろ事故ではないのだ。

これは内乱なのだ。



鼠の目#466(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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一滴二滴落ちてきた雨に長田も気付いた。

そうして彼は山下が波動の若者を一人射殺した一部始終を目撃していた。

クソ警官めが、やるじゃねぇか、と妙に感心していた。

ケンスケを仕留めそこなったのは、ぬかったことだった。

もう少し跳躍が鋭ければ、他愛もなくズタズタにできたんだがな、と口惜しかった。

しかし、連れのオカマのような生白い男は、駄賃でくたばらさせてやった。

やはりライフルの威力はすごい。

いくらケンスケがナイフ使いといっても、ライフルの高速弾にはかないっこねぇ。

ナイフの距離より遠いところから、ブチ込んでやる。

まず、膝だ。

膝を使い物にさせなくしてやる。

次は手だ。

両掌をブチ抜いて、ナイフを使えなくしてやる。

あとはなぶり殺しだ。

泣き騒がせてやる。

おっと、その前に。

ケンスケに引導を渡す練習台に、このクソ警官はうってつけかもな。

そうだ。

照準を合わせて引き金を引く、こいつがオレは苦手なんだ。

長田はそのことに思いいたった。

ポツポツと頬を濡らす雨の量が増えてきた。

しかも薄暗くなり始めている。

闇に紛れるには最高のシチュエーションだ。

長田はライフルの銃床を肩に当て、後姿の山下刑事に照準を合わせた。

慎重に山下の背中に銃口を向けた。

いまだ。

長田は引き金を絞り込もうとした。

ドスッとわき腹に衝撃が走った。

思わずライフルを肩から放し、確かめる。

また衝撃。

今度は肩甲骨あたりだ。

カッと血が逆流した。

なんだ、このっ!

見ると石礫が落ちている。

上方に目を上げた。

ヤツだ!

ケンスケだ!

憎悪に刺し貫かれたような、鋭い視線が長田を射る。

「長田。オレがオマエを殺す」

ケンスケの抑揚の効いた声がよく通った。

その声に、山下刑事も振り向いた。

「長田…。ケンスケもか…」

山下、長田、ケンスケが一定の距離を保ったまま、三すくみになっている。



鼠の目#465(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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ピシッ!

再度の銃弾が際を掠めた。

唯一の救いは、銃弾を惜しんでいるのか、フルオートで発射しないことだ。

フルオートで撃ち抜かれれば、あっというまに山下は骨と肉のミンチ状態になる。

波動はフルオートを知らないか、さもなくば自信がないかのいずれかだろう。

当然、山下とて、ライフルを実射したことはない。

立ち木を背に山下は短銃を腰ダメに構えた。

やらなきゃ、やられる。

ただ生き延びる、その本能だけが、山下を支配していた。

横の立ち木に走った。

その瞬間、ピシッとまた銃弾が掠めた。

立ち木からもう一度横に走り出そうとフェイントをかけ、腰ダメの姿勢で短銃の引き金をひいた。

ズンという衝撃は、確かに敵を射抜いた、という手応えだ。

人に銃弾をブチ込むとはこういうことかもしれない。

もんどりうって、波動が倒れた。

その傍に、山下は駆け寄った。

左胸の一部が裂け、盛大に血が吹き上がっていた。

即死、のはずだ。

不愉快な感情が山下を満たした。

この若造だって、波動にさえ入らなければ、輝くような未来があっただろうと思うと、どうにもやりきれない索漠感が広がった。

すでに状況は公務執行妨害の域を超えている。

本来なら、自衛隊による治安出動、つまり内乱の兆しさえある。

波動を射殺したことに、情としての憐憫はあっても、理としては極めて正当なものであるはずだ。

山下はそのまま踵を返し、広場方向へ向かった。

2、3歩進むと、頬にポツリと冷たいものが当たった。

雨か、厄介なことになるな、と山下は鬱陶しくなってきた。



鼠の目#464(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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山下の刑事としての矜持はまだしっかりとしている。

山下はホルスターから短銃を取り出すと、膝をついて下方の広場へ近付いた。

あの機動隊員はもうだめだろう、と推測はたつ。

しかし、誰でもいい、助けなければならない、という使命感だ。

さらにいえば、建物内部の安否も確認したい、それが大きな動機だったろう。

ジリッ、ジリッと建物に近付く。

途中、どうしも吐き気に対抗できず、横を向いて吐寫した。

胃の中は空っぽだった。

わずかに苦酸っぱい胃液を吐き出しただけだが、多少、気分はよくなった。

広場直前の立ち木に身体を潜め、様子を窺う。

散発的な銃声はまだ続いている。

わずかにヘリの音も聞こえてきた。

さらなる増援部隊だろう。

一体、何人が死体になればこのオオバカな戦いは終了するんだ?

山下はやりきれない徒労感を感じていた。

これまでならこの短銃の威嚇射撃だけでコトは収まっていたはずだ。

ところが、これはどうだ。

機動隊員が脳漿を吹き上げ、波動がハラワタをはみ出させ、ここかしこに無残な死体を晒している。

なんのために?

なにを目的に?

なんの利益があって?

今、そんなことを考えたところで、詮ないことは百も承知している。

しかし、目前に転がる死体は、強烈に山下をして思考を要求した。

ビシッ、と山下の足元に銃弾がささった。

転がるように身体を反転させ、後方を確認した。

居た!

こっちを狙っている。

ライフルの照準を合わせ、オレを狙っている波動がいる!



鼠の目#463(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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最初のヘリから降りた隊員が安全を確認し、総員がその平坦地から翼状に散開し始めた。

戦法戦略として、きわめてまっとうな形だ。

個々人のライフル技量は圧倒的に警察の方が上なのだから、一対一の戦闘では波動に不意を撃たれる心配がない。

フィールドゲームのマンツーマンディフェンスだ。

オレは固唾を呑んで、俯瞰していた。

散開し、平坦地から人影がなくなると、各方向から散発的なライフル音が聞こえてきた。

始まった、とオレは思った。

今度は波動の連中がズタズタにされる番だ。

このことは山下も同じことを考えていた。

ただ一点、異なることといえば、山下には波動に対する憎悪がある。

目前で同僚たちが殺され、さらにテレビクルーが虐殺される状況が、ありありと記憶にある。

冷静ではいられなかった。

早く殲滅してくれ、そして広場中央建物に突入するんだ!と願っていた。

ピシッと跳弾が山下のわきを掠めていった。

立ち木の肌が無様にめくれた。

本来、こんなライフル使用はないはずだが、それを行わねばねらない点が、今の状況の緊迫度を示している。

ウオオオオオー、と叫びながら波動のメンバーが一人、雑木林から広場に飛び出してきた。

額から血を流し、シャツが真っ赤だ。

それを追ってライフル部隊の一人が跳躍した。

動くな、警察だ!と叫んでいる。身柄を確保すべく、揉みあいになった。

パーン、と乾いた音が響いた。

波動の若者が膝を折り、崩れた。

機動隊員は身体を竦め、崩れた若者を見下ろしている。

パーン。

また発射音だ。

今度は機動隊員が、どうとそのままの姿勢で後方に倒れていった。

首がちぎれかけ、血がシャワーのように吹き上げた。

山下は猛烈な吐き気に襲われていた。



鼠の目#462(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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ヘリが少し下ったわずかばかりの平坦地に着陸する姿が、山下の目に入った。

そしてそれはオレたちや長田の視界にも入った。

それぞれ違う角度で眺めていた。

中型ヘリの扉が開いた。

ローターの風圧を避けるようにヘルメットを押さえた機動隊員が七、八人降りてきた。

手にはそれぞれライフルを所持している。

当然ながら、腕っこきの射撃班であろう。

彼らは直ちに散開した。

ヘリ機内で打ち合わせた、所定の行動のはずだ。

山下の携帯がブルブルと震えた。

山下だ、と送話口に短く答えた。

「見えるな。今、ヘリから降りた隊の責任者だ」

「ああ」

「どうだ、ここから安全に広場中央へ行けるか」

「いや、わからん。亀のように首を竦めていた。波動のライフルがどこに散開しているか見当がつかん」

「そうか。先発隊のオマエらは無事なのか」

「いや。あまり愉快な想像はできん。反撃できる状態じゃない」

「あと5分もすれば、第二陣のヘリが来る。それからはピストン輸送だ。近隣の県警にも応援要請を行っている。警視庁始まって以来の組織と火力の動員だ。とりあえず、ここを確保し、応援を待つ。そっちもあと三十分待ってくれ。態勢ができる。それで突入、ゴーだ」

「了解した。よろしく頼む。同僚が心配だ」

「こっちも了解した」

スルスルと最初のヘリが離陸していった。

入れ替わりのように次のヘリが現れた。

同じくライフルを背負った機動隊員が降り、散開していった。

それから計5機、総員にすると三十数名のライフル武装隊員が結集したことになる。

あとは一般隊員が続くのだろう。

中天の太陽の傾きが、ぐっと増していた。

暮れなずみが始まった。

時間の余裕がなくなってきている。

闇は警察にも波動にも、混乱を引き起こす。



鼠の目#461(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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岩陰のシェルターでは、川崎姉妹と文龍名が固まったようにじっと床机に腰掛けていた。

「どうなっているかしら」

「これまではわれわれのライフルしか音がしませんな」

「ということは?」

「ガサに入った警察部隊は、ほぼ殲滅できたと考えるのが妥当でしょう。彼らの銃声が聞こえないのですからな」

「でもヘリの音が聞こえるわ」

「警察の応援部隊でしょう。それは織り込み済みです」

「織り込み済み?」

「ええ。組織力、火力、動員力、どれをとってもわれわれに勝ち目はない。彼ら警察は、われわれ波動を軽く見ていた。何十人かの制服警官と短銃があれば制圧できる、とね。われわれはその油断のスキをついた。痛烈、かつ徹底的な一撃でね。泡を食っているでしょう、彼らも。当然、すべての機械力を動員することになる。ヘリも一機ではないでしょう。近隣警察からも動員をはかるはずだ。なにしろチンタラ登山道を登るなんて、悠長なことはできませんからな」

「警察の反撃が始まるのね」

「いかにも」

「今度ばかりは、大人と子供の喧嘩になってしまう…」

「仕方ありませんな。力量の差、ですから」

「そしてそのことが波動の死を招来する…」

「ええ。それも徹底的な、ね。第一、一人たりとも生き延びてはいけない。ここで、われわれは宇宙の摂理とともに滅びるのです」

わかってるわ、という表情で川崎姉妹が頷いた。

「滅びの祝祭が始まるわ」

川崎真理子が立ち上がった。

「祝祭は血の荘厳が必要なの」

三人の目の光がある種の破綻を思わせていた。



鼠の目#460(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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再度の銃声音にオレたちは現実に引き戻された。

マリーの死に浸っている時間はなかった。

マリーのエンバーミングもしてやりたかったが、ここは戦場だ。

まず生き延びることを第一に考慮しなくてはならない。

ケンスケとて本当は長田を追跡したかろうが、まずは波動の厄介な銃口を避けなくてはならない。

その時だ。

遠くからパラパラとヘリの乾いた爆音が聞こえてきた。

警察だな、とケンスケがいった。

「一気に警察火力で鎮圧、ってことか」

「武器がライフルならばね。いや、間違いなくライフルのはずだ。そうなればプロとアマの差がでる。銃口数でも波動を上回る」

「そうなると死体がもっと転がるな」

「ああ、そう。どえらい数になるな」

三人で空を見上げた。

雑木林の枝越しに県警の名をペイントしたヘリが、機首を少し傾げた姿勢でグングンと近づいてきていた。






遅い、遅かった…と山下は声にならない呟きを吐いた。

しかし、終わったことを嘆いても詮ない。

とにかく建物内に入った同僚たちのことだ。

生き延びていてくれ、山下は心底からそう思った。



鼠の目#459(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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カメラマンがダンスを踊るように回転し、ドサッと倒れた。

喉笛から噴水のように血を吹き上げながら死の舞踊を踊っていた。

その光景にマイクを握っていた放送記者の身体がギョッと硬直した。

しかし、その固まりは一瞬だった。

記者の頭半分が吹っ飛ばされ、脳漿が花火のように拡散した。

ジーンズを履いたアルバイトらしき若者二人が、手にしたケーブルを放り投げ、逃げ出そうと身体を翻した。

しかし、それもかなわぬ抵抗だった。

また一連の射撃音とともに、若者二人は弾け飛ぶように崩れ落ち、そのままピクリとも動かなくなった。

バカが…と山下は思った。

あと10分遅ければよかったのだ。

すでにヘリがこっちへ向かっていたというのに…。

山下はマスコミが嫌いだった。

やつらの傍若無人ぶりは腹立たしかったし、人を食ったような図々しさに辟易するばかりだった。

捜査の邪魔はするは、夜討ち朝駆けと称して、のべつ現れるわ、怒鳴ったこともたびたびある。

しかし、彼らとてサラリーマンだ。

組織で生きていく人間だ。

妻もいれば、子もあろう。

愛憎も起伏も、人としてはなにも山下自身とは変わるところはない。

若者にいたっては、夜学で苦労しているのかもしれん。

あるいは単なるフリーターかもしれん。

しかし、それと人間の尊厳とは一切リンクしない。

若者の未来という輝かしい時間を波動は完膚なきまでに奪い去った。

放送記者の家庭を破壊しつくした。

山下は怒りで身体が震えてきた。

警官になりたての頃以来、忘れていた正義感という青い概念が湧き上がってきた。



鼠の目#458(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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広場入口に何人かの男が現れた。

背広を着た人間、ジーンズ姿の長髪の若者、いろいろだ。

しかし、彼らが決定的に異なっていたのは、マイクを持つもの、VTRを抱えたもの、ヘッドセットを装着したものらがいたことだ。

つまり、まぎれもない、テレビクルーそのものだった。

なぜここがわかった、と山下は訝しく思った。

しかし、これは現実だ。

誰かがこのガサ入れのことをTV局にリークしたのだろう。

その詮索はしない。

しないが、ヤツらは余りに脳天気すぎる。

戦争である、という認識が欠けている。

彼はまさに戦争のピンポイントそのものに突入しようとしている。

TVクルーの一人が、ギョッと立ち竦んだ。

視界に血だらけで倒れている警官を視認したのだ。

後方のカメラマンがカメラを肩に前に出る。

報道の現実かなにかしらんが、山下は苦々しい思いがした。

あれじゃ撃ってください、といわんばかりだ…。

TV報道マンと思しき男が、マイクを手に実況を始めようとした。

回りに視線を送りながら、広場中央の建物に向かおうとしている。

その後にクルーが続く。

ばか!やめろ!死にたいのか!

山下が立ち上がり、大声で制止しようとした瞬間、別の方向から、下がれ、撃たれるぞ!と大声が響いた。

そのときだ。

クルーに向けて、猛烈な一斉射撃が始まった。

バリバリバリ!

硝煙が立ち込める。

波動はすでに自重という言葉を捨てていた。

彼らに共通してあるのは、殺戮と破壊の衝動だけだ。



鼠の目#457(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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山下は焦りにジリジリと身を焼かれていた。

建物中央へはいまだに散発的な銃声が聞こえている。

内部からの応射はまったくない。

中の状態を想像すると、いてもたってもいられない。

薄っぺらな杉の無垢板で、AK47突撃銃をどれだけ防げる。

山下のリアルな想像力ではおよそ凄惨な場面しか思い浮かばない。

願わくば、中に逃げ込んだ同僚が一人でも少なくあって欲しいと祈るだけだ。

マナーモードにした携帯が山下の胸ポケットで振動した。

間、髪をいれずに取り出し、応答する。

「本部だ。ヘリが出た。ライフル部隊を何人か降下させる。少し離れた地点にかろうじて着陸できるスペースがある。さらにもう三機が待機中だ。ところで、山下。変わったことはないか」

「こっちは穴の中の鼠だ。目だけを出している。鼠の目だ。耐えて凌ぐのが精一杯だ。あとどれくらいでヘリの一陣が来る?」

「10分以内。順次、ピストンで送る」

「武器は?」

「全員、ライフルを携行している」

「上級機関の動きは?」

「どこまでリアルに伝わっているかによる」

「戦争だぞ、これは。新左翼のデモ警備なぞじゃない」

「ああ。わかっている。しかしな、ここがお役所のお役所たるところだ。ヘリの一陣から切迫した報告がいけば、内閣も動かざるを得まい」

「くそっ。どこまで上級職ってなおめでたくできてやがる」

「そういうな。オレもオマエも末端だ。詮ない」

「わかった。こんなことをいっている暇はないな。一旦切る」

「了解した。動きがあったら、至急連絡をいれる」

「了解」

携帯を畳むと同時に、山下の視界の端に動きが見えた。



鼠の目#456(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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オレたちは無言のまま立ち竦んだ。

みな、呆然とマリーの死体を眺めていた。

ケンスケがつとマリーににじりよった。

腹に当てられた血だらけの両手を、自分のバンダナで拭き始めた。

厳しく尖った横顔が声をかけるのをためらわさせた。

ケンスケはマリーの瞼を押さえて完全に閉じさせると、両手を胸で組ませ、合掌の形を取らせた。

そして鮮血でグズグズになった腹部を、縫い合わせるように始末し始めた。

破れた腹部からは腸の一部がはみ出ていた。

ケンスケは構わず、それを腹腔内に押し込んだ。

ケンスケの両手といい、着衣といい、すべてが真っ赤に染まっていた。

ケンスケがマリーの顔近くに膝まずく。

ゆっくりと顔を近づけ、満足げなマリーの頬に接吻をした。

それはむしろ神との接吻を思わせる、荘重な儀式に見えた。

ケンスケがその場で立ち上がった。

全身からすべての躍動感が消えていた。

幽体がそのまま肉体を保有したような形だ。

感情という感情をすべて放棄している、そう見えた。

ケンスケはなんの表情も現すことなく、抑揚のないフラットな声で述べた。

「長田はオレが殺す。徹底して無慈悲に殺す。外人部隊の戦闘はビジネスだが、これはオレの魂の叫びだ。だれも手をだすんじゃない。ゴミはゴミらしく始末する」

オレはゴクリと唾をのんだ。



鼠の目#455(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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「ああ、もうわたしダメかしら」

「バカッ!弱気になるな。丸田陸曹、しっかりしろ」

オレの叱咤にマリーは弱々しくかぶりをふった。

「もう、丸田陸曹は捨てたわ。マリーよ。オカマのマリー。でも、死に場所としては最高ね。あなたやケンスケ、それに和田さんもいてくれる。オカマの死に様なんて、野垂れ死にしかない、そう覚悟していたけど、にぎやかでうれしいわ」

マリーッ!とケンスケが鋭くいい放った。

「マリー。もう一度愛し合おう。アンタは女以上の女だ。死んじゃいけない」

「ケンスケ。ありがとう。あなたがいてくれたから、わたしは生きていけた。投げやりになっていたオカマを救ってくれた恩人よ。ケンスケと一夜をともにできて、再生した思いがしたわ。感謝してもしきれない。本当に、ありがとう…」

そうか。

ケンスケとマリーは愛人関係だったのか。

ハードな生き方をしたもの同士の心の求め合いだったのだな。

「マリーさん…」

和田由美子の顔は、涙でグズグズになっている。

「ねえ、バーボンがあるんでしょ」

「ああ、ある。飲むか?」

「一杯、ちょうだい。店じゃ決して飲まなかったけど、今はいいわよね」

当たり前だ、といい、オレは尻ポケットからスキットルを取り出した。

蓋をはずして、マリーの口元に運んだ。

マリーがほんのわずか酒を啜った。

少し顔がほころんだ。

「安物のバーボンね。あなたらしいわ」

「ああ、今度はオマエの店で最高級のバーボンを飲もう」

「高いわよ」

「ああ、いい。金で済むことだ」

「それじゃさ…」

なにかをいいかけると、そのままマリーの首が、がっくりと折れた。



鼠の目#454(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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「死にたくねぇな。鼠の旦那から、まだまだ搾り取れたんだ。アイラモルトのいいヤツを手に入れたんだ。一杯で法外な金を取ってやろうと狙ってたんだ」

「マリー、いくらだ一杯」

「五千円でどう」

「いいよ。五千円くらい。どってことないさ。ボトルごと持って来い。マリーにも奢ってやる」

「あら、うれしいわね。和田さんもいただきなさいよ」

「ええ。いただくわ。薄めに…いや、たっぷり入れて。それを水で割ってちょうだい」

由美子の双眸からは滂沱と涙が溢れている。

オレも鼻の奥がキナ臭くなってきた。

「だめよ。割っちゃ。由美子さんのカレ、いってあげなさい」

不謹慎にもオレはちょっと驚いた。

「マリー、知っていたのか。オレと由美子との関係を」

「どこまでおめでたいんだか。オカマのマリーさんの目は節穴じゃないわ。女はね、情けを交わすと匂いが変わるの。わたしは女に生まれたかった男だから、敏感なのよ。いいから、いつもの悪態をいいなさいよ」

「ああ。わかった。オレはずいぶん貧乏してるがな、酒を水で割るほど貧乏しちゃいねぇや…。これでどうだ」

「そうよ。あなたはそうでなくっちゃいけない。貧乏人の見栄っ張りでなきゃね。あなた、いい男だよ」

「ああ、すまねぇ」

「和田さん」

「ええ」

「和田さん、本当に素敵な女性だわ。オカマでもかなわないと思った。そのままで生きていって」

「マリーさん…」

由美子は握った拳を口に当てた。

嗚咽が声になってきた。



鼠の目#453(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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長田は獣の俊敏性で立ち上がると斜面を上がった。

ケンスケは長田を追おうとしたが、一瞬、振り返ると長田の追跡を止めた。

ケンスケの目に飛び込んできたのは、マリー、つまり丸田陸曹が腹を押さえて仰向けに倒れている姿だった。

オレも和田由美子もマリーのところへ駆け寄った。

ケンスケが一足早く、マリーに手を当てた。

「マリー、大丈夫か!」

ケンスケの声には逼迫した響きがある。

「どうだ、マリー、わかるか、ケンスケだ」

「マリーさん、わたしよ、和田由美子よ、しっかりして」

マリーがうっすら目をあけた。

「チッ、オレもヤキがまわったな。長田のようなクソ野郎に撃たれるなんざ、どうかしてるぜ」

「しゃべるな、マリー。今から、安全に下へ運ぶ。病院にいくぞ」

「おお、鼠の旦那かい。ちょっとな、撃たれどころが悪すぎる。オレだって元陸上自衛隊陸曹だ。それくらいわかる。腹をライフルが貫通してるな。痛くてたまらん。泣きたいくらいだ」

「黙れ、マリー。じっとしてろ。今から運ぶ」

「バカいうなよ。誰が運ぶんだ?救急呼ぼうにも警察だって、かなりやられてんだ。そんな余裕はねぇはずだ」

「そんなことはオレたちが考える。いいから、黙れ。喋るんじゃない」

「いや、いい。喋っとかないと、もう後がない。認めたくはないが、やばいな、この傷は」

ウウウッとマリーが呻いた。

そしてまた口を開いた。やめとけ、というのに…。

「なあ、ケンスケ。オマエは外人部隊の経験でわかるだろう。これだけやられたら、どうなるかぐらい」

視線を向けられたケンスケは無言で頷いた。

「ケンスケ、オレはこのまま死ぬんだろうな。でもな、はっきりいや、死にたくねぇ」

マリーの声が途切れるようになってきた。



鼠の目#452(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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「何人殺した。そのライフルで」

「そいつがなんの関係がある」

「あるんだよ、それがね」

オレにはわかった。

ケンスケは長田の注意力を逸らそうとしている。

そのことはマリーも和田由美子も直感しているようだ。

マリーは軽く拳を握り、また開く動作を繰り返している。

オレは和田由美子にアイコンタクトで後方へ下がれ、と合図した。

僅かづつ、和田由美子も後方へ動き始めた。

「ライフルは撃てば撃つほど熱ダレするって知ってるか」

「なんだ、熱ダレって」

「火薬の温度で銃身が歪むんだ。それを常に修正してやらねばならん」

「関係ねぇな。フルオートでぶち込めばいいだけだろうが」

「いや。ライフルに限ってはそうならん。下手をすれば銃身のなかで弾が詰まって暴発するぜ。なんなら銃身の先を確認してみるんだな」

抑揚のないケンスケの言葉に、粗暴なだけで知恵のない長田が一瞬反応した。

銃身の先端を見ようとしたのだ。

その刹那をケンスケは見逃さなかった。

両脚を十分に使って、長田へ跳躍した。

しかし長田の対応も素早かった。

暴力に対する感性だけは認めざるをえない。

ケンスケの跳躍をかわすべく体を捻りながら、引き金を引いた。

オレはそのとき、和田由美子を右手で抱え込み、立ち木の陰に滑り込もうとしていた。

同時に、ライフルの発射音が数発響いた。

着地と同時にケンスケの蹴りが長田に唸りをあげた。

ギリギリで長田は見切ったが、ケンスケのしなやかな脚が長田の手のライフルを吹っ飛ばした。

空中で二、三度回転すると、ライフルは粘土質な斜面のドサリと落下した。



鼠の目#451(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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先ほどの射撃で、自分には照準をあわせたアキュラシーな射撃はできない、と長田は思っていた。

フルオートまではいかないが、連射モードでぶち込むことにする。

ゆっくり、しかし確実にセレクターレバーをセミオートに切り替えた。

露岩の陰にさらに身体を密着させ、ケンスケらの歩みを凝視した。

順番は相変わらず、先頭がマリー、続いてケンスケだ。

どれくらいの距離で撃つものか、長田にはわからない。

わからないがそのことをカバーしてくれるのが、ライフルのライフルたる所以だろう。

このあたりか、と見当をつけ、長田は露岩から飛び出した。

「ケンスケ、やっと会えたな、うれしいぜ」

長田は仁王立ちのまま立ちはだかった。

砕かれた掌で銃身を支え、右手でしかっり引き金部分をホールドしている。

オレたち四人は、ギョッとして立ち竦んだ。

不意な事態は、だれでも慌てふためく。

いくら自衛隊あがりのマリーや、外人部隊脱走兵のケンスケでも、だ。

「長田、か。やはりここにいたのか」

ケンスケの冷たい言葉が投げかけられた。

「いたんだよ。おかげでな。必ずオマエもここに現れる、と踏んでな」

「結構な得物を持参しているんだな」

「うるせえ。それがどうした。オマエを殺せればなんでもいいんだよ。オレを舐めるやつは赦さねぇ」

「ほう、オレを殺すってのか。そいつはちょっと難しいぜ」

「黙れ、クソ野郎!そのためのカラシニコフだ」

「ああ。わかっている。そいつはいいライフルだ。堅牢で扱いやすい。ただ素人が簡単に触るもんじゃない」

「おい、ケンスケ。今の状況はわかっているな。このライフルはセミオートだ。そしてオマエは丸腰だ。わかってるな」

長田の声には嘲笑が込められていた。



鼠の目#450(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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オレたちの目にした光景は戦争そのものだった。

数人の警官が大量の血を流し、地面に転がっている。

ぴくりとも動かない。

広場中央の建物は銃弾痕でボロボロになっていた。

大量の銃弾が打ち込まれたに違いない。

そこに入り込んで難を避けようとした警官たちは…多分、あまり優雅な状態ではあるまい。

マリーを先頭にしたオレたちは、膝まづいて惨状を眺めていた。

「これは…すごいな」

ケンスケがポツリと呟いた。

「火力差がありすぎる。波動はライフル、警察は短銃だ。勝負にならない。これは戦争でなく、ジェノサイドだ」

「建物中が…」

「ああ。カラシニコフの破壊力はM16以上だ。もし誰かが生きていたら奇跡だな」

和田由美子の言葉に反応したマリーの答えに、全員黙るしかなかった。

迂回しよう、とマリーが促した。

オレたちは重い足を引き摺り始めた。







カサカサという落ち葉を踏みしめる音が長田の耳を刺激した。

音の方向へ目をそらす。

何人かが歩いてくる音だ。

長田は露岩の陰に身を潜めた。

姿勢を低くし、音の方向を凝視しつづける。

先頭に男。

その次は…ケンスケ!

長田は一瞬、心臓を掴まれたような気がした。

刹那、破壊への衝動欲が全体を満たし、酷薄な喜悦が沸騰し始めた。

ヤツだ。

ヤツが現れた。

オレを虚仮にし、掌を砕いた張本人だ。

さあ、来い、ケンスケとやら。

一寸刻み、五分刻みでナマスにしてやる。

ライフルの銃弾で体重を倍にしてやる。

関節という関節を、すべて打ち砕いてやる。

とどめはささない。

苦しんで苦しんで、苦痛と失血のなかでオマエは死ぬんだ…。

長田はライフルのロックをリリースした。



鼠の目#449(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

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川崎姉妹と文龍名は建物裏側の露岩の陰に潜んでいた。

露岩と斜面の際を掘り進み、そこそこの大きさの部屋を作っていた。

部屋の壁面は石とコンクリートで補強し、ちょっとした要塞なみになっている。

電池式のランタンが部屋を照らしていた。

小さなテーブルと椅子が数脚おいてある。

彼らは、警察への発砲が始まる前、すでにこのシェルターに入り込んでいた。

「激戦ですな。お二人におかれては耳障りかもしれませんな」

「そんなことはないわ。あと何時間も膠着したままと考えられないわね。間違いなく、大量の火器で武装した敵が現れるわ。全滅、必至よ」

「そうね。姉さんのいうとおり。わたしたちもきっと見つけ出される。でも、生きて彼ら縄につくわけにはいかない。言葉が適切かどうかわからないけれど、一蓮托生よ。毒食わば皿まで」

「なるほど。死は自らの掌中にある、といことですな。そうでしょうね。で、そんなこともあろうかと、これを…」

文龍名が机の引き出しからカプセルを取り出し、川崎姉妹それぞれに手渡した。

「シアン化合物です。青酸カリといったら判りやすいですかな」

「自決用、ってことね」

文龍名は無言で頷いた。

「すべてが一片のカケラもなしに滅び、そうして精神という名の不滅永遠のみが継承されるのね」

文龍名がまた、大きく頷いた。

でも…と川崎真理子が続けた。

「でも、なんですか?」

「かなわぬことではあるのだけど、想像することがあるの」

「どんな想像です?」

「和田洋子に波動を任せていたら、どうなっていたかしら、って」

「それはどういうことです?」

川崎真理子は少し考え込んだのち、ああ、いいの、気にしないで、といい話題を打ち切った。



鼠の目#448(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

<主な登場人物>

オレ=初老のフリーランス便利屋、通称、鼠。説教多し
オカマのマリー=オカマバーの女将、陸上自衛隊OB
ケンスケ=オレの助っ人、仏外人部隊脱走兵
山下=定年前の所轄の刑事
和田由美子=事務所の雑用を請け負ってくれている素敵な女性
和田洋子=和田さんの一人娘
川崎真知子=オレの依頼人。川崎徳一の孫
川崎真理子=真知子の妹
徳永高男=波動研究会の会長、川崎徳一の嫡外子
文龍名=カルト教団・統合真理教会のボス、波動の最高幹部も兼ねる
後藤=徳永の部下、事務方、対外折衝部門の長
宮崎一平=和田洋子のサークル仲間。波動研究会の末端メンバー
長田=波動のメンバー、上島上等兵の息子、徳永の非公然活動を担う
滝川順平=靴屋の隠居、川崎徳一の戦友
川崎徳一=本名・李光徳、川崎姉妹の祖父
川崎良子=川崎徳一の夫人。川崎聖一の母。古朝鮮の祭祀一族の末裔
川崎聖一=川崎徳一の息子であり、川崎姉妹の父。徳一の死後、失踪
川崎篤子=川崎聖一の妻。川崎姉妹の母。廃宮家の末裔
上島上等兵=滝川、川崎の終戦時の上官。長田の父親

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少し銃身が振れた。

狙いが外れたかな、と危惧したが構わず長田は引き金を絞った。

パンという破裂音がした。

銃弾は警官を掠め、その先の立ち木で弾けた。

警官が振り向く。

手にした短銃を両手で構え、動くなと鋭く叫んだ。

(動くな?このオレ様に、ヤツは動くなといっているのか?)

長田にはその意味が理解できない。

警官は短銃、こっちはライフルなんだぜ?

本当に警官って、どうしてこうもバカなんだ?

長田はかぶりをふった。

思い知らせてやらなきゃいかん。

だいいたい、警官ってな、なんでもかんでも思い通りになると思っていやがる。

どうしようもない。

世の中は思い通りにならないんだぜ、ということを慈悲をもって教え込んでやろう。

長田は大体の見当をつけて、立て続けにカラシニコフの引き金を引いた。

4発、5発。

そのいずれかが警官の腹部に命中した。

腹を両手で押さえ、警官がドサッと前のめりに崩れた。

長田は大股で警官のところに近づいていった。

警官は腹部を鮮血で染めながら、苦しげに痙攣していた。

その姿を見下ろしながら、今回ばかりは間違いなく、警官の額にライフルの銃口を押し当てた。

警官の目が大きく見開かれた。

「これで苦しくなくなる」

パンッという音とともに、警官の脳漿が飛び散った。

長田は警官の手に握り締められた短銃を取り上げた。

右手で軽く振ってバランスを確かめると、そのまま汚いジーンズの尻ポケットに捻じ込んだ。

使えるかどうかわからんが、ないよりましだろう、そう考えての行動だった。

さらにバックパックからペットボトルを取り出し、ゴクゴクと水を流し込んだ。

たまらない甘露に、長田はフーッと大きく溜息をついた。

人を殺すなんて、簡単だ、その思いがさらに強くなった。



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