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鼠の目#369(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

コイントス


「さっき、やっと由美子って呼んでくれた」

「そう。自分でも驚くほどスンナリ、とね」

「でも、呼んでくれてうれしいわ。今までは少し敷居の高さを感じていたのよね」

「高くはない。むしろこっちが高くしていたようなもんだ」

「どういうこと?」

「聡明な君ならわかると思う」

オレは判じ物のような返答をした。

しかし和田由美子ならその意味がわかる、と確信していた。

そもそも想像力に欠ける女にオレが惚れることは決してない。

「そう。なかなか答えにくいわね」

「だろうな。オレだって平静なわけじゃない。高校生のように心臓が波打っている。暴力団とスッタモンダやっているほうが、まだ落ち着いているな」

「あら、わたしもよ。初めてのデートのときのような気分。何年ぶりなんだろう」

和田由美子が短めのストレイトヘアを両手でかきあげた。

先ほどまでのやや疲れた表情はなく、突き抜けたような輝きが見て取れた。

「どうなのかな、と若干、オレは躊躇している。君は娘を殺されたばかりだ。しかも何年か前に最愛のご主人を、病気とはいえ亡くされている。そこにオレのようなドブネズミが土足で這い上がるような真似をしていいのか、とね。まるで火事場泥棒じゃないか、とね」

あのね…、と口に出し、和田由美子は下を向いた。

一気に堰の切れそうな巨大な水圧に耐えているように見えた。

ああ、一番あらまほしくない状況だ、とオレの理が嘆いている。

逆にオレの情は、このまま流れればいいさ、と主張している。

その間にあって、オレという人間が右顧左眄している。

判断に窮したときはコイントスが一番手っ取り早いのだが、今、ここで、というわけにもいくまい。

和田由美子が決然とオレを見た。

ああ、ここなんだろうな、とオレのスーパーバイザが情の蛇口を捻った。

「わたし、あなたを愛していると思う」

オレの理は下手に引っ込んでいった。

「オレも多分そうだと思う」

「どうしてお互いにいえなかったのかしら」

「君は慎み深く、オレは臆病なのだ」

沈黙が訪れた。

ここでオレがなにもアクションをしなければ、それこそ野暮の極みだろう。

そうじゃないか?



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