先生ということ

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オイラのような傍若無人にして
慎みや、程を考えない、いや、考慮の片隅にすら置けない
どうしようもないクズが決定的に欠けているのは、
何に起因しているかというこが、
ぼんやりとだが、見えてきた気がする。

つまり、それは、「先生」というべき存在がないのだ。



啓して、おく能わざる。
服して、なんじょう畏まらざるべけんや。

いかんのだ。
自分こそがスタンダードである、という度し難い思い上がり。

こういう状態を増長慢というな。
あるいは身の程知らず、とも。

節度、そう、節度、だ。
おい、自分!

考えるんだ。
おまえがナンボのもんか、
その尺度となるべき、絶対をもつ、
そういう先生を持て。