鼠の目#361(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

マク


じゃ、旦那、頼むぜ、と言い残すと、ケンスケは軽い足取りで消えていった。

不思議なことだが、オレもマリーもケンスケのネグラを知らない。

携帯電話の前はポケベル、その前は電話、それも留守番電話でしか連絡をとったことがない。

ただいえるのは当時の電話番号だと、そう遠くないところだろうという推測がたつ程度だ。

もっとも十年以上前の話だから、転居していればますますわからない。

それで特段、不便は感じていないから、それでいいといえばいいのかもしれん。

マクルーハンの「メディアはパーソナル化する」という予言は見事に当たった、ってこったな。

オレは仕上げのアイラモルトを流し込むと、カウンターに手をあてて立ち上がった。

どっこいしょ…。

あー、年齢は誤魔化せない。

ワンアクションの度に掛け声が必要になっちまってる。

ことさらにそのことを和田さんもマリーもいわないが、自分自身に無意識に掛け声をかけている姿を、オレは情けないとは思っていない。

仕方ないさ。

気力を補う腰高な体力など望むべくもない。

なにもかにもが枯渇しはじめている。

動くのは辛うじて口先ぐらいなもんさ。

しかしな、笑っているオマエも二十年後には二十歳、歳をとるんだぜ。

そのことを忘れてもらっちゃ困る。

腰高な体力でしのげるのも、そう長くはない。

まあ、リアルにゃ感じられないだろう。

オレもそうだったからな。

陰毛に一本、白いのが混じったら、否が応でも感じさせられるぜ。

それからは幾何級数的だな。

せいぜい笑っとけや。

二十年後、オレのいってることと一言一句ちがわない言葉をオマエもはいてるよ。

間違いなくな。