鼠の目#413(ほぼ全文はリンクで)

鼠の目・これまでの梗概

渋滞

とりあえずカロリーは補給した。

トイレで排尿と歯磨きを順にすませ、再度、カローラを発信させた。

これからは一般道、3桁国道を淡々と走り、大きく山塊を迂回して林道から回りこむように接近することになる。

センターラインの引かれた国道も、山塊の南側に入ると、徐々に荒れた道路になってくる。

時々、公共事業対策なのだろう、突如、というかんじで立派な2車線になるが、それもごく短い。

すぐにアスファルトが継ぎ接ぎの路面になる。

民家もごくまばらになる。

道端で所在なげな猫が大あくびをしている。

右手にはかぼそい流れの渓流が走っている。

おおかた大半の水量が上流のダムで堰き止められているに違いない。

斜面はほとんど杉や檜の人工林が暗い色をたたえていた。

どこにでもある風景、といえば確かにそうだ。

緑のまったく感じられない朝鮮半島や中国の山々と違い、ホッと感じさせる。

しかし、この森が落葉広葉樹で満たされ、清流が滔々と流れていれば、いかほど豊かな気持ちになれるであろうか。

どこかに経済原則のみが支配してきたこの国の、いや、地球の形の歪みを感じずにはいられない。

初老のルサンチマンと笑ってくれていい。

経済とは自然の代謝を利用するものだ、という原則でいえば、人間はあまりに代謝の上限を超えすぎたとも思っている。

この車でさえそうだ。

いまさら、人は車を手放すわけがない。

また車社会が支える今の経済流通システムを破壊するわけがない。

高速に、かつ快適に。

一人一人の幸福や利便、それを追求した結果がこれだ。

オレはそれをよくない、なんていわんよ。

誰だって人より快適に、昨日より安逸になりたいのだ。

それが科学や文明のアクセレータだったのだ。

温暖化が、自然破壊が、といって車を生産停止させるわけがない。

深夜コンビニがなくなるわけがない。

農薬使用をやめて単位収量を下げるわけがない。

なぜか。

人間は安易に暮らしたいんだ。

それが業なんだ。

ただいえるのは。

科学や文明を人間がコントロールするはずが、今はコントロールされ、折り合いがつかなくなっているんだ。